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 おそらくは座敷に上がった客が面白がって吸わせたりしたのだろう。妙に慣れた仕草に俺はなぜかひどく切なくなった。 「お前、煙草なんか……」  眉根を寄せる俺に志信は唇の端を小さく歪めた。 「美味いぜ。啓介、お前も試してみろよ」 「いや、俺は……」  興味が無かったわけではない。先輩たちが校舎の陰に隠れてこっそり吸っていたのも見たし、父の机の上に置かれたそれについ手を伸ばしてこっぴどく怒られたこともある。けれど……まだそれを口にしたことは無かった。  志信は、躊躇う俺の様子に、ふん、と鼻を鳴らすと、再び煙草を口に咥え、大きく吸い込んだ。そして、やにわに身体を起こし俺の頭を鷲掴むと、事もあろうにその唇を俺の唇に押し当てたのだ。  突然の行為に唖然とする俺の口の中に苦い煙が充満し、咄嗟に息をついだはずみに俺はその煙を思いっきり吸い込み、無様に咳き込んでしまった。 「志信、おまっ……!」  俺は喉をゼイゼイ言わせながら、志信のいたずらっぽい、黒い笑みを睨みつけた。 「いきなり何すんだよっ!」 「やっぱ初めてかぁ……」 「当たり前だろっ!」  正直、煙草を吸わされたのも初めてだったが、それ以前に誰かと唇を重ねること自体、俺には未知の経験だった。 「口づけだってしたこと無いんだぞ!」  咽ながら俺が抗議の声を上げると、何故か一瞬、志信の表情がぱっと明るくなった。 「本当か?」 「お前に嘘をついてどうするんだよっ!」  そうなのだ。これが俺のファーストキスというヤツだった。そして、不貞腐れた俺の眼前に一度離れた志信の顔がさっきよりもっと近づいてきた。   「じゃあ、やり直す」 「は?」  言葉を返す間もなく再び志信の唇が俺の唇を塞いだ。さっきよりももっとゆっくりと深く、俺は志信と唇を重ねた。俺が最初に知った口づけのその味はレモンのように甘酸っぱくなく、苦い煙草の味だった。苦いけれどなぜか微かに甘い……それが俺の初めての口付けだった。 「良かった……」  志信は、まだ半ば呆然とする俺の耳に口元を寄せ、小さく息をつき、囁いた。 「啓介に頼みがあるんだ」 「頼み?」  するり、と志信の腕が俺の背中に廻された。頬と頬が付くくらいに互いの顔が近づいて、俺は心臓の鼓動は急激に速くなった。が、その直後の発言はもっと俺の心臓には破壊的だった。 「俺を『水あげ』してくれないか?」 「はぁ?」  俺は一瞬、訳がわからずポカンとして志信の顔を見た。鳩が豆鉄砲を食らったというのはこういうことだろうか。完璧に思考停止しながら、ただ志信の長くキレイに揃った睫毛がやけに震えているように見えた。
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