(1)私の夫は浮気をしているらしい−1

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(1)私の夫は浮気をしているらしい−1

「みいつけた!」  私は夫の部屋に隠されていた女もののアクセサリーを取り出した。自身の瞳の色に合わせたのだろう。めったに流通することのない大ぶりな石を惜しげもなく使用したペンダントが、小箱にしまわれていた。一歩間違えば下品になりそうなところを、ぎりぎり豪華と言える範囲で踏みとどめている絶妙なデザインだ。教育の甲斐があったようで大変嬉しい。 「今回のは結構素敵じゃない! ね、そう思うわよね」 「はい。ご結婚当初に比べますと月とスッポンかと」  歯にきぬ着せぬ物言いの彼女は、実家から連れてきた侍女だ。何でもはっきり言ってくれる性格を気に入っている。ちなみに夫の部屋を漁っていることに関して、彼女は何も言わない。夫側の使用人に対しても彼女が話をつけているのか、注意を受けることもない。何か言われても、言い負かしてやるけれどね? やはり持つべきものは有能な侍女である。  彼女も言っていた通り、結婚した当初の彼は、びっくりするほど趣味が悪かった。何をどう間違ったらこんなものを買う羽目になるのか。悪徳商人のカモにされているのではないか?と疑いたくなるような代物を何個も自室に溜め込んでいたのだ。行動の端々から何やら隠し事をしているらしいと気が付き、様子を探ったあげく、ゴミのような代物を見つけてしまったときの悲しさと言ったらない。 「お金を使うなら、美しく使えが我が家の家訓。たとえ愛人相手への贈り物であろうが、お金をドブに捨てるような真似はこの私が許しません」 「ごもっともです」  政略結婚の相手が愛人を抱えているなんて、掃いて捨てるほど聞く話だ。ありきたり過ぎて、涙も出ない。何だったら同じ敷地内で愛人を囲う馬鹿男だって少なくないのだ。妻の実家の金で、愛人への贈り物を買うことくらい目をつぶろう。だが、我が家の財産があんなダサ過ぎる装飾品に変わることだけは許せなかった。 「ほほほ、さあ、今夜はこの宝石をつけて夕食に出ることにいたしましょう。どんな言い訳が聞けるか、今から楽しみだわ」 「さようでございますね」  夫をつつくための良いネタが見つかったと私は、手に入れたペンダントに似合うドレスを選ぶべく侍女と共に自室へと引き上げた。  ***  私には前世の記憶がある。  日本というこことは異なる世界で、ごく普通の女性として暮らしていた記憶だ。もしも特筆すべき部分があったとするならば、生きている間中ずっと夫の浮気に悩まされていたということだろう。  スーツのポケットを探れば他の女に贈ったプレゼントのレシートや、私とは行った覚えのない高級レストランの領収書が出てくる。車のシートにはピアスが残っていることが当たり前。おかげで手元には、片方だけのピアスのコレクションができてしまった。長生きしていればコレクションたちは、サグラダファミリアのように増え続けていたのかもしれない。  友人たちの話を聞くと、子どもの洋服のポケットには大量のダンゴムシや砂場の砂、どんぐりが入っていることが多いのだそうだ。夫のポケットとは違って夢がたくさん詰まっていて、羨ましいばかりである。まあ夫のポケットにも男の夢がたっぷり詰まっていたのかもしれないが。  それでも私は別れずに、そのまま暮らしていた。いくら好きになって結婚した相手だからと言って、あそこまでないがしろにされた状態で我慢する必要はなかっただろう。子どもが生まれなかったことへの負い目がなかったと言えば噓になる。今になって思えば、感覚がマヒしていたのかもしれない。けれど、そんな結婚生活はある日突然終わりを告げた。  出張に行ったはずの夫が会社の手帳を忘れていることに気が付いたのは、クリーニングに出かけるための用意をしているときだった。前日とは異なるスーツを着て行ったので、上着の中に入れっぱなしにしてしまったらしい。事前に聞いていた新幹線の出発時間には間に合うはず。とるものもとりあえず慌てて駅に届けに行って、そこで私は見てしまったのだ。見知らぬ女と腕を絡ませ、楽しそうに歩く夫の姿を。  ずっと目を逸らしていたものを突き付けられて最初に思ったことは、「面倒くさい」だった。やっと親を安心させてあげられたのにだとか、再構築しなくちゃならないのかとか、離婚するにあたって弁護士をつけたらいくらになるのだろうとか、いろいろ考えたけれど、それらは瞬間的に「面倒くさい」に集約する。とりあえず、見なかったことにしよう。そう思って逃げようとしたところで間の悪いことに、相手にも私がいることに気が付かれてしまった。 『ちょっと、待ってくれ』  慌てて逃げようとして足を滑らせ……、次に気が付いたときには私は地べたに転がっていた。ヤバい、立ち上がらなきゃ。ただでさえ駅での痴話喧嘩なんて目立つのに、離婚するにしろしないにしろ、ひとに見られたらなんと言われるか。そう思ったのに、身体が動かない。あれ、どこかぶつけちゃったっけ? でも何となく、マズい感じがする。こんな簡単なことで、人間って死ぬこともあるんだなあとどこか他人事のように考えながら、私はゆっくりと意識を手放すことになった。  そして気が付いたときには、成金男爵家のご令嬢に転生していたのである。
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