桜が咲く頃に

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私は、あまりの寒さに顔半分をダウンコートの襟で覆った。 道行く人たちは、みんな楽しそうだ。街を彩るイルミネーションは、私の瞳にはモノクロにしか映らない。 しゃがみこむ身体に、雨粒が落ちてきた。 小雨はやがて量を増し、どんどん私を濡らしていく。溢れる涙は、雨と混ざり合い区別がつかなくなった。 いっそのこと、このまま私ごと雨に流されて、消えてしまえたらいいのに。 「どうしたの? 風邪ひくよ」 顔を上げると、知らない男が私の頭の上に、ビニール傘をかざしていた。 「ほっといて」 男の腕を払い除けた。でも傘は再び雨から私をしのがせる。 「ほっとけないよ。もしかして恋人に振られた?」 「違います」 「僕は振られたんだよ、昨日。よりによってイブの前日になんて酷くない? プレゼントも用意してたのに」 「そうですか」 「反応うすっ。カッコ悪すぎて笑えなかった?」 男が表情だけで笑うと、端正な顔立ちが少しくしゃっとなって、シャープな目元がまるで線のように細くなった。 「嘘つく人は嫌いです」 「嘘じゃないよ。突然フラれて、てかまぁ前兆はあったんだけど。それで急に暇になっちゃってね」 私は無言で立ち上がり、男に背を向けた。 「あっ、これ持って行って」 振り向くと、傘を差し出された。 「あなたの方が風邪ひきますよ」 「僕は大丈夫だから、ほら」 半ば強引に傘の柄を握らされた。私はしばらく考えて、背の高い男の目を見つめた。 「その暇な時間、私にください」 「え?」 「だめですか」 「だめじゃないけど」 「なら私についてきて」 「――あっ、ちょっ、待って、」 ある方向に走り出すと、彼も水の音を鳴らして追いかけてきた。
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