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「おう、望月くん!」と社長が奥で手を上げた。
周りに取引先っぽい人はいない。代わりにカウンターの女が「わぁ、来てくれたぁ」とはにかむ。
ヒズミだ。俺はぎこちなく頭を下げた。動いていると雰囲気が違って、何か犬っぽい。目が零れ落ちそうで鼻が上向きの、何ていうんだっけ、あの犬。
近づくなり「もっちー、何飲む?」と聞いてくるヒズミに俺は面食らう。
すごいな、ガールズバー。名乗る前から名前どころか勝手にあだ名で呼ばれるのか。
小学生以来のあだ名呼びに思わず震える俺はヒズミよりよっぽど犬じみていて、そうか、あれパグって犬だと、どういうわけか思い出した。
「本当だ。もっちーって、みっちーの言った通りだね」
「だろ?」
何が「だろ?」なんだろう。ていうか社長のあだ名はみっちーなの?
「あのね、もっちー。みっちーがエイプリルフールやりたいんだって。手伝ってあげようよ」
エイプリルフールって四月のあれ?いま二月だけど。手伝うって何?
「私も一緒に考えるからさ」
来店して三分、俺が一言も発しないまま、なぜか俺が社長のためにエイプリルフールをやる話がどんどん進む。
注文してないスミノフアイスをヒズミが俺の前に置く。スミノフってウォッカベースだっけ。俺、アルコール強くないのに。カシオレが飲みたいのに。
「というわけだ、望月くん」
どういうわけなんだ。
全然わからないまま、スミノフの瓶に自分のグラスをかちりと当てる社長に俺は社畜らしく曖昧に笑った。
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