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「望月くん、昨日の外部打ち合わせって何?」  翌朝、出勤した俺はさっそく洋子専務に捕まった。性格は全然違うのに、思いたったら即行動なところは夫婦そっくりだ。  いつになく固い表情なのは俺がズルして早退したと疑っているからだろうか。俺の業務的に社外の人と打ち合わせなんてまずないし、あるとしたら事務方トップの洋子専務が知らないはずがない。 「実は社長からうちのchatterを始めるよう言われまして」  昨日のalbatrossでの会話を思い出しながら俺は言うべき事を慎重に選ぶ。  chatterを始めること、エイプリルフールに向けて外部アドバイザーと打ち合わせ中なこと。これは必須だ。ヒズミは「エイプリルフールのこと話したいから定期的にお店に来てね」と言ってたし。昨日の飲み代は社長の奢りだけど、今後は経費で落としたい。  言っちゃダメなのは、その外部アドバイザーが社長お気に入りのガールズバー店員であること、および割と本気で口説いてることだ。  「望月くん、ヒズミに手ェ出すなよ」とわざわざ帰り際に釘を刺された。出さないし、ていうか社長こそ既婚者なんだから出しちゃダメだろうに。 「なるほど。確かにやってみてもいいかもね。望月くん、簡単なプラットフォーム作ってみたら?一人でネタ探しするのも大変でしょうし、面白いことあったらそこに投書してもらうの。今抱えてる他の仕事は大丈夫そう?大変なら一旦洗い出してみんなに割り振るわよ」  あっという間に状況を理解し、テキパキ指示する洋子専務に俺は惚れ惚れする。  さすが専務だ。そういえば昔、酔った社長から聞いたことがある。実は専務は大病院の娘で、自身も医者を目指す才媛だった。本当なら中卒の自分なんて見向きもされない高嶺の花なのに、周囲の反対をよそに身一つできてくれたって。  「愛だよなぁ」なんてノロケてたくせに今はヒズミに熱を上げてるのだから、まったくしょうもない。  さっそく俺は「水澤ネジ公式chatter開始について」という、急拵えの投稿フォームのリンク付きメールを全社に向けて送信する。とはいえ我が社の人員の多数を占める工場勤務の人は普段パソコンを見ない。メールと同じ文面をプリントアウトしたものを配り、工場の数カ所に投書箱を設置した。良いネタが集まりますように。それまでは自分で何とかしなければならない。一日三回、できたら一時間に一回。改めて考えると結構キツい。祈るような気持ちで、とりあえず撮ったネジの写真を俺は投稿した。
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