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 それはよく晴れてクソ寒い、大寒過ぎ節分前。体感的にも暦の上でも間違いなく冬である朝、出社した俺は社長室に呼び出された。 「望月くんてchatter(チャッター)やってる?」  デスクにどっしり構えた社長が俺の「おはようございます」をさえぎる。  額の前で乱暴に手刀を切る仕草つきだ。  中卒で働き始め、二十歳で独立。以降、このネジ工場を一代で業界中堅にまで押し上げた社長は無駄を嫌う。つまりは過度に単刀直入だった。 「やってませんね」  社長のペースに合わせて即答すると「ありゃ、そうなの」と肩をすくめられる。  嘘だ。やってるといえばやってる。  chatterとは全世界に数十億のユーザーが存在し、誰もが気軽に与太話を発信できる登録制SNSだ。アプリを開けば、全然知らない人の飼い猫の写真や、どうでもいい呟きが四六時中流れてくる。  一度に書けるのは二百文字足らずだが、一般人のみならず、芸能人やメーカーなんかもアカウントを持っているので、流れる情報をただ見ているだけでも楽しい。  俺も大学デビューと共になんとなくchatterアカウントを作ったものの、楽しかったのは最初だけで、やがて投稿したいこともなくなり、就職してからはいよいよ忙しくて、現在はたまに見るだけのユーザーだ。社長の言う「やってる」にはおそらく当てはまらない。 「まあ、いいや。今日ミーティングやるから、ここ来て。十八時。残業つけていいから」  そう言うなり、社長は一枚の名刺を俺の手に滑り込ませた。  
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