一幕

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 ■  飛龍と別れた後、紅花は小箱を抱えて冷宮へ向かった。靄のような状態だった時は随分と大きく見えたが、亡くなるとこんな小箱に収まってしまうほどの液体になるなんて意外だ。 (ごめんね)  小箱に向かって心の中で謝罪した。  幽鬼を放っているのは同じ人間だ。殺したところでまた湧いてくるだろう。  せめて向こうに交渉することができる程度の冷静さがあれば、元の場所に戻ることを提案するのだが――さっきの様子を見ると、意思疎通ができても話を聞いてくれる感じはなかった。そもそもの発生源が憎しみなのだから、冷静さなど欠いていて当然かもしれない。  とはいえ、獄吏の仕事よりはずっとあっさりしていて気が楽だった。これなら続けていけそうだ。 「嬢ちゃん、早かったな」  冷宮の中へ入ると、魑魅斬が鍋で何かを煮込んでいた。紅花が離れているうちに換気が行われたのか、死体の臭いはいくらかましになっている。代わりに、料理の良い香りがする。近付いてみれば鶏肉の煮込み料理のようだった。 「……あなた、もしかしてここに住んでるの?」 「何言ってんだ。鬼殺しは皆ここに住んでる。嬢ちゃんもここに住むことになるぞ」 「臭すぎて眠れそうにないのだけど……」 「すぐに慣れる」  はっはっはと大きく笑った魑魅斬が、紅花から箱を奪って中身を確かめた。 「おお、ばっちりじゃねぇか。初めてにしてはよくやったな」 「この剣はどうしたらいい?」 「しばらくは貸してやる。幽鬼の血は特別な水じゃねーと取れねぇから、後で案内してやるよ」  桃氏剣に付着している白い液体は、一応は血という扱いらしい。 「疲れたから、ご飯を少し分けてもらってもいい?」  紅花が剣を床に置いて煮込み料理を指差すと、魑魅斬は何故か驚いた顔をした。 「お、おお……いいけど」  紅花は椅子に座り、皿に煮込み料理を入れる。汁を啜ってみると想像していたよりも熱かった。少し冷めるのを待とうと思い一旦皿を置く。  ふと顔を上げると、魑魅斬がにやにやしながら紅花を見ていた。 「最初来た時はどうなるかと思ったが、嬢ちゃん、意外と向いてるかもな」  謎にご機嫌だ。不気味に感じて眉を寄せてしまった。 「普通、初めて幽鬼や狂鬼を見たら恐ろしくて倒れるんだよ。なのにお前はけろっとしてるだろ。初めての鬼殺しが終わった後にすぐ飯を食おうとする奴は初めてだ」 「元は人間から発生したものと、鬼が死んだものなのでしょう。正体が分かっていて何が怖いの?」 「正体が分かってても、話の通じない奴とやり合うのは怖いもんなんだよ、普通」  魑魅斬は自分の分の皿も用意すると、紅花と向かい合って座った。 「罪人の獄吏、しかも貧相な娘を宋帝王様の気まぐれで押し付けられたと思ったが、これは意外と一人前になるかもな」  確かに、飛龍の言っていたように汚くて臭い仕事ではあるが、獄吏の仕事をせずに済むうえ後宮にいられるという意味では、以前よりも幸せだ。  狂鬼と幽鬼の殺害。この日からそれが、紅花の新たな仕事になった。
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