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「何をやっているの? さっさと殺してしまいなさい」
そう言ったのは、飛龍の正妻である天愛皇后だった。薄桃色の艷やかな髪と、金色の瞳。可愛らしい見た目とは裏腹に、周囲を凍りつかせるような冷たい目と冷たい声をしている。
隣の玉座に座る飛龍も、足を組んだまま指示してきた。
「俺の愛する后がこう言ってるんだ。さっさと殺せ」
「でも、この鬼は真犯人ではないようなのです」
普段飛龍に対して敬語などは使っていないが、ここには宋帝王に仕えている人々が大勢いる。下手したら石でも投げつけられそうなので一応敬語を付けた。
処刑場内に沈黙が走る。観客たちは、紅花のことを信じられないものを見る目で見下ろしていた。気が違ったとでも思われているのだろう。傍から見れば王と皇后に意味の分からないことを言って逆らっているのだから。
「……なるほどねえ」
長い沈黙の後、飛龍が面白そうに目を細める。
「あの時、言葉を発しない幽鬼に対して何で語りかけてるのかと思ったけど、ただの阿呆ではなかったわけだ」
あの時。養心殿の近くの池で会った時のことを言っているのだろう。
「――――君、鬼の心が読めるんでしょ」
言い当てられたのは初めてだ。幽鬼に話しかけるという行為は、余程違和感を覚えさせるものだったのかもしれない。
「はい。鬼と花の心が読めます」
紅花は正直に肯定した。
人間の心が読める獄吏は大勢いる。彼らは人の心を読み、その人間が最も嫌がる方法で苦しみを与えるのだ。
しかし、紅花は元々適性がないためか、獄吏としての能力が歪んだ形で発現した。獄吏としては何の役にも立たない欠陥のような能力である。
しかし、この能力があるおかげで紅花は鬼の獄吏の心を読み、弱みを握ることができた。そして、協力してもらって嫌な仕事から抜け出していた。玉風だけは元人間なので心を読めず、そのようにうまくやることはできなかったが。
「花?」
質問を投げかけてきたのは、天愛皇后だ。
「花には意思があるのね」
ふふっと笑うその顔はそれこそ花が咲くように美しかった。
しかしその笑顔の真意は分からず、警戒してしまう。
(虚言だと馬鹿にされているのかしら)
どうにかして信じさせなければと記憶を辿る。そういえば、以前御花園の花たちが天愛皇后について話していたことがある。
「宋帝王様の区域の花はいつも天愛皇后様のことを褒めております。お父上に利用されてなお己の人生を諦めない、聡明で強いお方であると」
天愛皇后が、はっとしたように黙り込んだ。
そして、しばらく黙っていたかと思えば、突然席から立ち上がって紅花に告げる。
「その者を解放なさい」
どうやら信じてもらえたらしい。ほっとしながら蛇矛で鬼を縛っていた縄を切った。
これで処刑は終わる――と期待したのだが、天愛皇后は続けて問うてきた。
「貴女、名前は?」
「……紅花……でございます」
高貴なお方に名前を聞かれるとは思わず、畏まって回答する。
もう二度と会わぬというのに名前を聞いてどうするというのか。
「では、紅花。わたくしの育てた花を盗んだ真犯人を見つけなさい」
「はい?」
間抜けな声が出てしまった。
後宮内での犯罪者の捜索は別の組織の仕事であって鬼殺しの仕事ではない。鬼殺しは殺ししか能のない職業である、と魑魅斬も言っていたはずだ。
「お言葉ですがそのようなことは私には……」
「わたくしが命じているのよ。二度は言わせないで」
相手は、後宮の宋帝王の区域で宋帝王の次に尊ばれている、天愛皇后だ。命令は絶対である。
口答えなどできる立場ではない。それくらい、紅花にも分かった。
「……承知しました」
長揖して命令を受け取る。
――引き受けた以上、犯人を見つけられなければどうなるか分からない。これはまた、厄介なことになってしまった。
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