一幕

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 結局公開処刑は行われず、冤罪だった鬼は解放されて終わった。折角集まったというのに実施されなかったことが不満なのか、人々の「何よあの女」「ただの鬼殺しのくせに生意気な」といった紅花の悪口があちこちから聞こえてくる。  紅花はそんな言葉は全く気にせずに処刑場を出た。  すると、いつの間に移動していたのか、出口付近の通路に飛龍が立っていた。待ち構えていたかのように壁に背を預けてこちらを見ている。 「身分の低い者も、衣装次第で立派に見えるものだね」  早々に厭味を言ってくるので、無視して通り過ぎようとした。が、二の腕を掴まれ引き戻される。 「よくできた花鈿(かでん)だ。魑魅斬に描いてもらったの?」  花鈿というのは、今紅花の眉間に描かれている花模様のことだ。冥府では化粧をする際によく描かれる。 「そうだけど」 「ふうん。いいじゃん、可愛い。その姿の君なら抱いてやってもいいよ」 「はあ?」  思わず素っ頓狂な声が出た。 「何その嫌そうな顔。可愛げねえなあ」  飛龍はくっくっと低く笑う。  何だかぞわぞわと鳥肌が立ってきた紅花は、飛龍の手を振り払ってそそくさと立ち去ろうとした。そんな紅花に向かって、後ろからからかうような声が聞こえる。 「もう少し身分が高ければ側室にしてやれたのに、残念だ」  紅花はぴたりと立ち止まり、振り返る。 「天愛皇后は元奴隷だと聞いたけど?」  少しの仕返しのつもりだった。身分だの何だのと散々下に見てくるそちらは、元奴隷の女性を愛して正妻にしただろう、と矛盾を突いてみせたのだ。  飛龍が少し驚いたような顔をする。 「……それも花に聞いたの?」 「ええ。花は噂好きだからね。でも意外だったわ。遊び人の割に本気で后を愛しているのね」  冥府には、およそ数千年前まで奴隷制度があったらしい。その制度を廃止させたのが今ここにいる飛龍だ。きっかけは、奴隷だった天愛皇后を愛してしまったこと。王が奴隷を後宮に迎えることはできない。だから、制度自体を廃止させてしまったのだろう。  冥府についての決議には十王過半数の賛成が必要だ。飛龍は他の王たちを説得し制度の変更に至った。それほど天愛皇后のことが好きだったものと思われる。 「失礼な。俺がそんな薄情な男に見える? 俺は妻に選んだ人間は側室も含めてとびきり愛すし、愛しすぎて体調を崩される程だよ」  飛龍は薄く笑いながら肯定した。  それもどうなのかと思ったが、早く冷宮に戻らねばならなかったことを思い出し、今度こそ立ち去った。  長話は嫌いだ。
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