序幕

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 ◆  どこまでも続く暗黒の深淵。亡者の魂が集まる冥府――地獄とも呼ばれるこの地では、今日も二百種類もの逃れられない牢獄の中で、人々の悲鳴が響き渡っている。  罰を与えているのは鬼だ。赤や青、恐ろしい形相や人知を超える怪力をもってして人畜に危害を加える異形の化け物。  そんな鬼たちの横を通り過ぎ、こそこそ抜け出そうとする紅花(ホンファ)の首根っこを掴んで引き戻したのは、紅花の姉貴分とも言える玉風(ユーフォン)だった。 「紅花! あんた、昨日も死者の魂を責めにいかなかったんですってね。今日という今日は逃さないわよ」  玉風は鬼も顔負けな恐ろしい形相で紅花に詰め寄った。  冥府には獄吏(ごくり)と呼ばれる、生前悪い行いをした亡者を様々な形で責め立てる役人がいる。獄吏に就く者は本物の鬼が殆どだ。しかし、中には元々人間で、何千万年もの間呵責を与えられた後、罰を卒業し獄吏として働く許可を得られた者たちもいる。紅花もその一人である。  異形の鬼たちに混ざり、赤や青の鬼の面を被って厳しい罰を与えている者は皆、元人間。元人間とはいえ獄吏になれば数々の道具や業火を自在に操ることができ、今日も来たばかりの〝後輩たち〟に痛みや苦しみを与えているのだ。 (元は同じ人間で、同じ目に遭ってきたのに、おかしな話ね)  紅花は獄吏になる適性があって選ばれたわけではない。卒業した後、まだ地獄にいたいと必死に泣きついてこの役職を得た。 「私、人が苦しむ顔を見ていられないの」 「はぁ~~~!? あんた、あの顔の良さが分からないっての!? 少しだけ希望を与えてやって奪った時の反応がたまらないんじゃない」  玉風は精神的な苦痛を与えるのが好きだ。玉風だけではない。紅花の周りの元人間の獄吏たちは、激しい痛みを乗り越えてどこか狂ってしまったのか、人を苦しめることを何よりの生きがいとしている。 (……私はああはなりたくないわ)  口に出さないが、紅花は彼女たちのことを鬼よりも恐ろしいのではと冷めた目で見ていた。
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