一幕

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「お言葉ですが……奴隷が皇后になるなど前代未聞のことなのです。私が知る時代にもこのようなことはありませんでした。他の区域の皇后たちは皆高貴な生まれのお方です。それ故、我々侍女が馬鹿にされることも多く……」 「最初は、私達も精一杯天愛様にお仕えしようと思っていました。皇后様の侍女になれるのは名誉なことだから。けれど、他区域の侍女に色々と言われ続けるうちに、確かにどうして私達が奴隷出身者の言いなりにならねばならないのだろうと思い始めて……」 「その疑念が、恐れながら、天愛様への嫉妬という形で現れてしまいました。天愛様は私達よりもずっと良い物を食べて、良い暮らしをして、宋帝王様にもご寵愛を受けて……元奴隷でもこのような人生を歩めるのでしたら、自分たちにもこのような人生があったのではないかと思ってしまって……醜くも嫉妬してしまいました」  次々と侍女たちが本音を吐き出していく。天愛皇后はそれを黙って聞いていた。  侍女たちが一通り気持ちを吐き出した後、しんとまた沈黙が走った。  そして、天愛皇后がゆっくりと口を開く。 「――なぁんだ、そんなこと。不満があるのなら、言ってくれたらよかったのに」  その声は、罪人に向けるにしては驚くほどに優しかった。 「…………ぇ……?」  戸惑ったのは紅花だけではない。侍女たちが一番目を見開いている。 「飛龍、この侍女たちに良い物を食べさせるよう手配してくれない? あと、前々から気になっていたのだけれど、この子たちの住む場所も修繕する必要があるわ。あそこ、雨風の音がうるさくてよく眠れないでしょう」  どうやら天愛皇后は、侍女たちのことをよく見ていたらしい。 「それから、馬鹿にしてきた侍女達というのはどこの区域の者かしら?」 「閻魔王の区域の……皇后様の侍女たちです」 「そう。わたくしの出身のせいで、貴女たちを辱めてごめんなさい」  侍女たちは、皇后に謝罪させてしまったことをさすがに心苦しく感じたのか、「いや、そんな……謝らなくても……」とたじたじとなる。  天愛皇后は覚悟を決めたように、そんな彼女たちを見据えて言った。 「わたくしは、他の区域の者を黙らせる程、立派な皇后になってみせる。貴女たちを嫌な気持ちにさせた責任は必ず取ります。貴女たちには、それを支えてほしい。聡明な貴女たちにこそ頼めることよ」 「…………」 「今回はこれで終わりにしましょう。もう夜も遅いわ。お部屋にお戻りになって」  お咎めなし、ということだ。本来であれば有り得ない。侍女たちは呆気に取られたような顔をしながら、拱手して立ち去っていった。  身を低くしていた魑魅斬も酷く驚いたような顔をしている。  紅花は――なるほど、と納得した。  天愛皇后は、おそらく最初から、侍女の仕業だと分かっていたのだろう。  日頃から自分に嫌がらせをしているのが侍女たちであることも、きっと知っていた。その上で、一度見せしめのために事を大きくし、嫌がらせを止めようとした。  それを紅花が止めてしまった。  当たり前だが、皇后の侍女になれる者は優秀だ。天愛皇后は彼女たちの才能を買っていたのだろう。彼女たちを殺すのではなく、それ以外の方法で嫌がらせを止めたかった。  侍女たちは真犯人捜しが始まってから、気が気ではなかったはずだ。精神的な重圧も大きい日々を過ごしていた。  侍女たちを精神的に追い詰め、紅花に真犯人を見破らせ、彼女たちが本当に焦ったところで本音を吐かせ、優しく声をかけ、手を差し伸べる。確かに、この方法であれば天愛皇后への感謝、その懐の深さへの尊敬の念を抱かせることができる。  何とも――人心掌握に長けた皇后だ。  無礼を働いたものを殺すのは簡単。それこそ皇后ともなれば命令一つで人の命を終わらせることができる。しかし、天愛皇后はその方法を選ばなかった。人材を育て、活かすことを選択した。 「……私を舞台装置として利用しましたね?」  苦笑いしながらそう言うと、天愛皇后は満足気にふふっと口角を上げた。 「あら、何のことかしら?」  この皇后、奴隷から王の正妻に成り上がったというだけあって、なかなかに計算高い。
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