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「……女性ばかりね。この区域は」
気を取り直すようにして、外の様子について言及した。
「当たり前でしょー? 後宮に王以外の男は入れない」
「貴方は男を大勢連れ込んでいるけどね」
「俺が許可すれば何でも許されるんだよ。なんてったって、俺は王様だからね」
軒車が止まった。ようやく閻魔王の宮殿の前に到着したらしい。
通ってきた道の途中には沢山の鬼と人が行き交っていたのに、ここには誰一人いない。宮殿は不自然な程の静寂に包まれている。
紅花と飛龍が車から降りると、車は鬼と共に音もなく消えた。
飛龍が近付いて宮殿の扉に何か唱える。すると、重たく閉じられていた扉がゆっくりと両側に開いた。
宮殿内部は――質素だった。天愛皇后の宮殿の壁には絢爛豪華な絵画が飾られていた。しかし、王の宮殿にしては、ここには何もない。香木がいくつか置かれているくらいで、絨毯の色も地味だ。帝哀は己の住む場所を飾ることに興味がないらしい。
飛龍に付いていくと、茶の香りがしてきた。
部屋の大きな椅子に帝哀が座っている。その姿は優雅だったが、彼は紅花を視界に入れた途端眉を寄せた。
「誰か連れてくるとは聞いていないが」
真っ先に出てきた言葉は、飛龍への非難だった。
「俺も別に連れてきたくはなかったんだけどね。天愛がこの子を気に入っちゃって、連れて行けって言うからさ」
飛龍はそう言いながら、帝哀の正面の椅子に腰をかけた。
「彼女が? 何故?」
「さぁ? この子が君のこと大好きだから、会わせてやりたいと思ったんじゃない? ったく、どこまでお人好しなんだか」
椅子は他にも二つあるが、許可なく座っては失礼だろうと思い身を低くして待つ。
卓の上の数個の小さな茶器から湯気が出ている。蒸した茶葉を搗き固めて乾燥させた餅茶だ。
「熱いうちに飲め」
それは紅花への言葉ではなかった。
帝哀はまるで紅花の存在を無視するかのように飛龍に茶を薦めたのだ。
(やはり、人間はお嫌いなんだわ)
同じ卓を囲むことも許されない。身分差からしても分かっていたことではあるが、ちくりと胸が痛んだ。
「そういえば最近、長子皇后とはどうなの?」
長子というのは帝哀の正妻の名だ。
好きな人を前にすっかり頭から抜け落ちていたが、紅花たちは今、天愛皇后に閻魔王の皇后について探れと言われてここに来ている。天愛皇后のご命令も忘れるわけにはいかない。
「どう、とは?」
「帝哀が昔からどの妃の元にも通ってないっていうのは周知の事実だけどさ、皇后の元にも行ってないっていうのは本当? そろそろ後継を作れって文句言われるんじゃない?」
「…………」
「君は王になってからかなりの年月が経ってるのに、子を一人も作ってない――王としての役目を果たしていないのと同義だ」
飛龍の発言にかちんときた。
客人として饗されていないのは承知の上で、会話に横入りする。
「お言葉だけど、帝哀様は誰よりも王として働いているわよ」
帝哀の目がようやく紅花の方に向けられた。
「子をなすことが王としての役目? そうじゃないでしょう。冥府の王の仕事は人を裁くこと。閻魔王である帝哀様は誰よりも誠実に裁判をこなした上で、人を罰することへの罰も受けてる。他の王よりもずっと王らしい人だわ。自分が沢山の妃と仲良くしてるからって、それだけが王として正しいことみたいに言わないで」
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