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日によって死ぬ人間の数や罪は異なるため、王たちが裁判の場から後宮まで移動する時間は常にばらばらだ。中には後宮に帰らずずっと裁判を続ける日も多く、決まった時間に待っていれば必ず来るものでもない。
玉風に怒られるためずっと後宮の階層で見張っているわけにもいかず、しばらく王の移動用の車と鉢合わせることはできなかった。特に意識していない時は何度か見かけたのに、早く来てほしいと願う時には来ないように感じた。
運を待ち続けて八日目、ようやく、王の車が後宮の門に向かっていくのを見つけた。玉風と、家の隣で育てている薬草を摘んでいた時だった。
鬼たちが運ぶ、幌の被さった青い色の派手な軒車。あれは誰の車だったか。帝哀にしか興味がない紅花には、他の九体の王の物など全て同じに見える。
(帝哀様のお車じゃないのがちょっと残念だけど……これを逃したら次の機会がいつになるか分からないし)
薬草を集めていた籠を土の上に置いた紅花は、走りやすいよう服の裾を捲くり上げた。手に付いた泥を払い、前髪を整えてから、向こうに見える後宮の門に向かって走り出す。紅花の突然の行動に、玉風がぎょっとしたのが視界の片隅に映った。
冥府では、鬼が就く職業は獄吏だけではない。書記官として王の隣で働いている者もいれば、王の后の侍女をする者、後宮内の掃除をする者まで様々だ。今目の前に見えている、王の車を運ぶような運び屋も鬼である。
走って突っ込んでくる紅花の存在に最初に気付いたのも運び屋の鬼だった。こんなことは初めてなのか、驚いて火を放ち紅花を止めようとしてくる。
身軽な紅花はその攻撃を避け、計画通り車の進行方向に入った。運び屋達は慌てて足を止める。急に止まったため、王が入っている箱が大きく揺れた。
次の瞬間、紅花は首根っこを掴まれ勢いよく後ろに引っ張られた。
そこにいたのは、走って追いかけてきたらしい玉風だ。玉風が紅花を怒鳴りつける。
「何やってるの! 王の行く手を阻むなんて、重罪よ!?」
「え」
重罪?
きょとんとした紅花に、玉風が泣きそうになりながら再度言った。
「打首もんよ!」
「打首?……それだけ?」
獄吏が人間たちに与えている苦しい罰を見てきた紅花にとっては拍子抜けな内容だ。紅花があっけらかんとしているのを見てわなわなと体を震わせた玉風は、次にはっと気付いたように慌てて王の車に向き直り、頭を下げる。
「大変申し訳ございません、飛龍様! この者は不勉強で、冥府の決まり事が全く頭に入っておらず……! 知らなかっただけで、悪気はなかったものと思われます! きつく言っておきますので、どうか、どうか御慈悲を……!」
飛龍。第百代宋帝王の名だ。これは宋帝王の車だったのか。
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