一幕

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 幌の隙間から、見目麗しい男性が降りてくる。  筋の通った高い鼻、人とは違い先の尖った耳、緑色に輝く瞳、一つに結い上げられた美しい黒髪に、豪華な冕冠と袞服。どこを取っても王の威厳を感じさせる容姿である。  ここまではっきりと顔を見たのは、死して二十一日目、彼に現世での邪淫の有無を調べられた以来だ。  その鋭い眼差しに、一体何を言われるのだろうと緊張してごくりと唾を呑み込む。  しかし、次の瞬間――飛龍はへらりと笑った。先程までの威厳はどこへやら、親しみやすい笑顔である。 「君、わざとでしょ。何のために突っ込んできたの?」  軽い口調で問いかけてくるので、紅花は頭を下げずに答えた。 「王様に気に入られ、後宮に入れてもらうためよ」  隣の玉風が怪訝そうに目だけでこちらを見上げてくる。何を言っているのだこいつは、という目だ。  飛龍が、はははっと高らかに笑った。 「なるほどねぇ。俺たちに気に入られるためにつまらない小細工をしてくる獄吏の女はこれまでにもいたけれど、正面から堂々と突っ込んできた子は初めてだよ」  ゆっくりと歩いて紅花に近付いてきた飛龍は、がっと紅花の頬を片手で掴んだ。突然乱暴な真似をされたが、紅花は動じずに飛龍を見据える。  上等な、甘い香の香りが漂った。 「でも残念だね。生憎、俺は妻たちと男にしか興味がない。俺がこの冥府の最下層、獄吏なんかに惹かれる安い男に見えるかい?」  その緑色の目は冷ややかだ。飛龍は短く指示を出す。 「この者たちを捕まえろ。連れていく」  刹那、紅花の両隣に煙が立った。現れたのは王の護衛の鬼だ。紅花の体は拘束され、玉風も捕まってしまった。 「……後宮へ入らせてくれるの?」 「何を勘違いしているのか知らないけどね、後宮はそう良い処ではないよ。良い暮らしができるのは身分の高い者だけだ。後宮内にも汚れ仕事は沢山ある。臭くて汚くて恐ろしい仕事をして、その浮かれた頭を叩き直すといい。いやあ、俺って優しいね。頭の弱い獄吏をすぐ打首にせず、〝躾〟をしてあげるんだから」  優しい笑顔を浮かべながら、言っていることは残酷だ。  飛龍の口ぶりからして、これから紅花たちは酷い扱いを受けるのだろう。可哀想なのは、紅花を止めるために飛び出してきた玉風である。 「そちらの玉風お姉様は解放して。ここまで走ってきたのは私の意思で、お姉様は関係ない」 「意思がどうであれ、俺の車の行く手を阻んだのは君たち二人だよ。片方だけ許すなんて甘い真似、俺がすると思う?」  ――運が悪かった。  よりにもよって、今日見かけたのが鬼より鬼畜と有名な飛龍の車とは。  隣の玉風の顔が青ざめている。  紅花は他者を巻き込んでしまったことだけは後悔した。  しかし、それ以上に――どんな酷い目に遭うことになろうが、閻魔王の棲む後宮に一度でも足を踏み入れる機会を与えられたことが、内心喜ばしかった。
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