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紅花の振り下ろした剣によって、ぐしゃりと音を立てて狂鬼の死体が崩れ落ちる。庭師から鬼殺しに戻ったばかりの頃は一時抵抗感を覚えたものの、繰り返しているうちにまた慣れてきた。死体を回収しながら、剣に付着したどろりとした液体を拭いていると、こちらに近付いてくる誰かの足音がした。
魑魅斬だろうか。でも彼の今日の見回りはこの辺りではないはず……と不思議に思って顔を上げる。――そこに立っていたのは、閻魔王、帝哀だった。
「帝哀様! どうしてこちらに? 裁判の方はよろしいのですか?」
思わず駆け寄りそうになったが、その前に帝哀に鬼の死体の臭いを嗅がせるわけにはいかないと思い、急いで死体を片付ける。
ふ、と帝哀が笑った。
「元宵節の前は全ての裁判がなくなるんだ。それにしても、まるで主人の来訪を喜ぶ犬のようだな。後ろに尻尾が見えそうだ」
「だって会えて嬉しいんですもの。帝哀様がお望みなら、犬でも何でもなりますよ」
「へえ?」
壁に背を預けて紅花の仕事を見下ろす帝哀は、興味深そうに目を細める。
「本当に飼ってやろうか?」
「……!」
「冗談だ。食い付くな」
紅花が頬を綻ばせると、帝哀がおかしそうに噴き出す。帝哀は最近、紅花をからかうことが増えた。気を許してもらえたようで嬉しい。
「明日の元宵節について話したかったんだ。お前、暇か?」
「暇というか……。鬼殺しの仕事があります。祭りの最中に人が襲われてはいけないので」
「見回りか。なら、俺も一緒に回っていいか?」
勿論――と答えようとして、そこではたと、飛龍とした約束を思い出した。
「ぜひ、ご一緒したいです。ただ……飛龍様もいますけどよろしいですか?」
「は?」
帝哀の声が急に低くなる。先程までの柔らかい表情とは一変、顔も怖くなったので紅花の背筋が伸びた。
「飛龍様とは以前から約束していまして」
「飛龍と? 以前から? 元宵節を共に回ると?」
「は、はい……」
帝哀の目が恐ろしすぎて叱られた子供のように声が小さくなる。帝哀はじとっと紅花を見つめた後に恨み言を言う。
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