第三幕

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 はっとした。だから帝哀の父の名が書かれているのか。  言われてみれば、思い当たることはいくつもある。桃の木を大切にしていたのは、帝哀の父と一緒に計画して植えたものだから。月を愛しそうに見上げていたのは、あの月が帝哀の父の遺したものだから。  そして、帝哀の父は今、閻魔王の座を降り、生まれ変わって現世にいる。  長子皇后のこれまでの発言を思い返すと、型に何かが嵌まっていくように、  ――長子皇后は死にたいのだ。死して、愛する男のいる現世に向かいたいのだ。 「そなたが宋帝王の区域から来ると聞いた時、またとない機会だと思った。あの天愛が送り込んできたということは、大方我の粗探しに違いないと思った。我の侍女に馬鹿にされた仕返しに、我の格を下げようと、弱みを握ろうと送り込んだ間諜だろうと思った」 「……天愛皇后様の名誉のために言っておくけれど、天愛皇后様は誰かの足を引っ張るような方ではないわ。あくまでも元宵節で正々堂々貴女に恥をかかせてやろうとしていた程度よ」 「ああ、そのようだな。しかしその程度では困る。本気で、我をこの座から引き下ろし、冥府を追放させるくらいの悪意でなくてはならない。……我を敵視するそなたならそれができると思った」  ――そうか。花たちが助けてと言ったのは、長子皇后の計画の手伝いをしろという意味だったのだ。 「元宵節の舞の場で、我の移り気を暴露してくれないか。そうすれば、我はきっと死罪となる」  長子皇后は、真剣な表情で、あろうことか自身を陥れよと命じてくる。  紅花は冷静に指摘した。 「……それだけで死罪になるとは思えないわね。既に皇后の座に付いている者を降ろすことは難しいのでしょう。貴女には力のある後ろ盾がある。揉み消されるに決まっているわ」 「だから、元宵節で、皆の前で暴いてほしいのだ。揉み消されぬように」 「まだ帝哀様のお父上がこの冥府に居た頃の話なんでしょう? きっと、一時の気の迷いとして片付けられるんじゃない? それに――帝哀様も、そんなことで激怒して貴女を追い出す程、貴女のことを愛してはいない」  紅花が言い切ると、長子皇后はその遠慮のない物言いに少し驚いたような顔をした後、ゆるりと口角を上げた。 「……言ってくれる」  その計画は無謀だと伝えたにも拘わらず、満足げに笑っている。 「やはりそなたには度胸がある。この我を前にしてそのような口を利けるのだからな。――ますます、この役割をそなたに課したくなった。紅花よ、我の手駒となれ」  長子皇后は立ち上がって紅花に一歩近付き、紅花の顎に触れて顔を上げさせた。  紅花よりも身長の高い長子皇后は、その澄んだ瞳で紅花を見下ろす。 「王たちの元に鬼を送りたい。そなたには鬼を操る力があるのだろう」 「前も言ったけれど、操る力じゃないわ。鬼の心を読む力よ」 「同じようなものだ」  前回、幽鬼の心を読んで対処する姿を見せなければよかったかもしれない。そうしたら、このような面倒事には巻き込まれなかっただろう。
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