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返事をしない紅花に向けて、長子皇后はなおも続ける。
「筋書きはこうだ。我が前閻魔王への恋心を拗らせて乱心し、十王を殺そうとする。これなら立派な反逆行為だろう? おそらく冥府の十王が集まり、会議が開かれることになる」
「十王の会議……」
「冥府の決まり事は代々十王が決めている。変更も十王の過半数の許可が必要だ。そこで――皇后は衰えるまで退位できないなどという決まり事を、変えてもらう」
紅花はおかしくなってきて短い笑いを漏らした。
「本気?」
長子皇后は片側の口角を上げて返す。
「冗談でこのようなことを言うとでも?」
「本気でできると思っているの」
「できるさ。――そなたのよく知る宋帝王は、一人の愛する女のために冥府の決まりを覆し、奴隷の女を皇后にした。一人の愛する男に会うために冥府の決まりを変えようとするのは、無駄だと思うか?」
その言い分には、何故か説得力を感じる。
しかし、危険性もあるのではないかと感じる作戦だ。
「王に送った鬼が本当に王を殺したらどうする気? それに、あいつらは見境ないわ。会場にいる人々も襲うと思う」
「そなたが鬼殺しとして守ればよい。それに、会場には十区域それぞれの鬼殺しもいるだろう。緊急事態となればいくら元宵節の頃合いとはいえ動き出すはずだ」
「貴女と組んだことが発覚すれば、私も罪に問われると思うんだけど?」
「その危険性があるのは否めないな。故に当然、無償でとは言わない。我に協力してくれたなら、一つだけ願いを叶えてやろう。そなたは何が欲しい。金か? 名誉か? この立場か。……聞かずとも分かることだな。この座が欲しいのだろう。反対は多いだろうが、我が何とか、そなたにこの座を渡せるよう計らってみせよう」
紅花は少し考えた。
何でも願いが叶うなら。今の自分なら、何を望むだろう。一兆年以上の時をかけて愛した男の隣に立つことだろうか。
時々柔らかく笑うようになった帝哀を思い出す。思い浮かべるだけで心臓がきゅうっとなるような、好きな人の笑顔。
大事なのは彼が納得するか。満足するか。彼のために自分が何をできるかだ。
――無理やり奪い、手にした座などに価値はない。
紅花は首を横に振った。
「いいえ。私が一つ望むなら……閻魔王に課せられる罰の制度を廃止させてほしい。これも、貴女にどうこうできることではないのかもしれないけれど。何でも叶えると言うのなら、それくらいの誠意を見せてもらわないと困るわ」
長子皇后が意外そうに目を細めた。
「他人のことでいいのか?」
「そりゃ、貴女の立場も欲しいわよ。でも最近の帝哀様を見ていて、幸せになってほしいって思うようになったの」
愚かだと思う。折角皇后自らが座を譲ると申し出ているのに、紅花はそれをはねのけたのだ。いつか後悔するかもしれない。でも。
「一人の愛する男のために冥府を変えようとするのは、無駄だと思う?」
さっきの長子皇后の台詞をそのまま使って言ってやった。
それを聞いた長子皇后は高らかに笑い、紅花から手を離す。
「そうだ、言っていなかったんだが」
長子皇后の機嫌良さげな笑顔は、これまで見たどの表情よりも、花のように麗らかだった。
「我も幼い頃見た前閻魔王の、体を張って責任を取る姿に惚れた。そなたにああ言われたあの時から、気が合いそうだと思っていたよ」
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