第三幕

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 返事をしない紅花に向けて、長子皇后はなおも続ける。 「筋書きはこうだ。我が前閻魔王への恋心を拗らせて乱心し、十王を殺そうとする。これなら立派な反逆行為だろう? おそらく冥府の十王が集まり、会議が開かれることになる」 「十王の会議……」 「冥府の決まり事は代々十王が決めている。変更も十王の過半数の許可が必要だ。そこで――皇后は衰えるまで退位できないなどという決まり事を、変えてもらう」  紅花はおかしくなってきて短い笑いを漏らした。 「本気?」  長子皇后は片側の口角を上げて返す。 「冗談でこのようなことを言うとでも?」 「本気でできると思っているの」 「できるさ。――そなたのよく知る宋帝王は、一人の愛する女のために冥府の決まりを覆し、奴隷の女を皇后にした。一人の愛する男に会うために冥府の決まりを変えようとするのは、無駄だと思うか?」  その言い分には、何故か説得力を感じる。  しかし、危険性もあるのではないかと感じる作戦だ。 「王に送った鬼が本当に王を殺したらどうする気? それに、あいつらは見境ないわ。会場にいる人々も襲うと思う」 「そなたが鬼殺しとして守ればよい。それに、会場には十区域それぞれの鬼殺しもいるだろう。緊急事態となればいくら元宵節の頃合いとはいえ動き出すはずだ」 「貴女と組んだことが発覚すれば、私も罪に問われると思うんだけど?」 「その危険性があるのは否めないな。故に当然、無償でとは言わない。我に協力してくれたなら、一つだけ願いを叶えてやろう。そなたは何が欲しい。金か? 名誉か? この立場か。……聞かずとも分かることだな。この座が欲しいのだろう。反対は多いだろうが、我が何とか、そなたにこの座を渡せるよう計らってみせよう」  紅花は少し考えた。  何でも願いが叶うなら。今の自分なら、何を望むだろう。一兆年以上の時をかけて愛した男の隣に立つことだろうか。  時々柔らかく笑うようになった帝哀を思い出す。思い浮かべるだけで心臓がきゅうっとなるような、好きな人の笑顔。  大事なのは彼が納得するか。満足するか。彼のために自分が何をできるかだ。  ――無理やり奪い、手にした座などに価値はない。  紅花は首を横に振った。 「いいえ。私が一つ望むなら……閻魔王に課せられる罰の制度を廃止させてほしい。これも、貴女にどうこうできることではないのかもしれないけれど。何でも叶えると言うのなら、それくらいの誠意を見せてもらわないと困るわ」  長子皇后が意外そうに目を細めた。 「他人のことでいいのか?」 「そりゃ、貴女の立場も欲しいわよ。でも最近の帝哀様を見ていて、幸せになってほしいって思うようになったの」  愚かだと思う。折角皇后自らが座を譲ると申し出ているのに、紅花はそれをはねのけたのだ。いつか後悔するかもしれない。でも。 「一人の愛する男のために冥府を変えようとするのは、無駄だと思う?」  さっきの長子皇后の台詞をそのまま使って言ってやった。  それを聞いた長子皇后は高らかに笑い、紅花から手を離す。 「そうだ、言っていなかったんだが」  長子皇后の機嫌良さげな笑顔は、これまで見たどの表情よりも、花のように麗らかだった。 「我も幼い頃見た前閻魔王の、体を張って責任を取る姿に惚れた。そなたにああ言われたあの時から、気が合いそうだと思っていたよ」
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