第三幕

21/36
前へ
/92ページ
次へ
 自分の区域の皇后の侍女が危険な目に遭っているのに、そちらには見向きもしていない。全く興味なさげだ。 「後宮内のあちこちを動き回っていただろう」  帝哀には紅花の位置が分かる。昨夜紅花が妙な動きをしていたことくらいお見通しのようだ。  ――聞かないでほしかった。帝哀に聞かれてしまえば、嘘がつけない。  躊躇ったが、そこでふと思い出す。帝哀は――長子皇后が助けを求めたら助けてやってくれと頼んできたことがある。もしかしたら、長子皇后の望みを帝哀は全て知っているのかもしれない。 「……帝哀は、どうして長子皇后様がご自分を嫌いだと思ったのですか?」 「…………」  帝哀が黙り込む。そして一拍置いてこう言った。 「俺が、あいつの愛していた男を死に追いやったからだ」 「……ご存じだったのですね」 「お前こそ、何故知っている? あの長子が話したのか」 「長子皇后様に、自分を死罪に追い込むよう持ちかけられました」 「……そうだろうな。あいつはずっと、今でも俺の父上が好きなんだろう」 「止めないのですか」 「それがあいつの幸せならば。こう見えて幼い頃は家族ぐるみで仲良くしていたんだ。あいつの大切な者を奪った人間として、あいつの望みは叶えてやりたい」  自身の正妻が死ぬかもしれないというのに、帝哀の態度は冷静だった。 「……長子皇后様とは、今日、十王の元に幽鬼と狂鬼を送る約束をしています」 「っはは、あいつらしい。滅茶苦茶なやり方だ」 「……怒らないのですか? 帝哀を危険に晒すような計画なのに」 「守ってくれるんだろ?」  試すような笑みを浮かべながら覗き込まれた。  その顔の近さにどきどきと心臓が高鳴る。 「……は、い。勿論です」 「なら、お前を信じる」  人間など信じていないと言った帝哀が、紅花を信じてくれている。ただそれだけで、一億倍頑張れる気がした。
/92ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加