第三幕

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 日が暮れてきた。最後の主要行事である、各区域の妃たちの舞いの時刻が近付いている。元宵節で唯一、十王が一箇所に集まる機会。長子皇后の計画を遂行するなら数年に一度のこの時期しかない。 (食べすぎた…………)  そんな重要な事柄を任されておきながら、夕刻まで普通に元宵節を楽しんでしまった。心なしか食べすぎてお腹が痛くなってきた。ただの緊張かもしれないが。 「大丈夫か? 薬を持ってくるから休んでいろ」  顔色に出ていたのか帝哀にまで気を使われてしまい情けない。  帝哀が近くを歩いていた薬草売りに話しかける。薬草売りはまさか閻魔王に直接声をかけられるとは思っていなかったのかあたふたしていた。 「食い意地張ってるからだよ」 「……うるさいわね」  隣の飛龍ににやにやとからかわれたため、軽く睨みつける。  そこでふと、彼なら大きな力になるのではないかと気付いた。 「飛龍様、お願いがあるのだけど」 「君が俺にお願い? 珍しいね」 「これから十王会議が行われるかもしれない。その議題がどんな内容でも賛成してほしい。そして、他の王たちも賛成するような流れを作ってほしい」 「……何を企んでるんだか。そーいうのは大好きな帝哀に頼めばいいんじゃない? 今日ずっといちゃいちゃしてたじゃん」  飛龍はやる気なさげだ。それどころか、何故かいつもよりむすっとしているようにも見える。  しかし紅花は食い下がった。 「今回ばかりは貴方にしか頼めない」 「……ふうん?」 「帝哀は、周囲の人を寄せ付けないでしょう。普段から他人に対して冷たい態度を取っているようだから、他の王たちがそんな帝哀の言うことを聞くと思えないの」  帝哀は基本的に誰も信じていない。それは他の王に対しても同じことだ。十王のうち、定期的に交流しているのは飛龍だけだと言っていた。王達が十王会議で帝哀の出した意見に流されるとは思えない。  対して、そんな帝哀と唯一打ち解けている程の社交性を持つ飛龍であれば、他の王たちともそれなりに仲が良いに違いない。加えて人に圧力をかけたり丸め込んだりすることもうまそうだし、これ以上ない適任だ。 「事情も説明せずにこんなことを頼むのは無理があると分かっているわ。でも……」 「君が毎夜俺の相手をしてくれるって言うなら、考えてやらないこともないよ」  飛龍の整った顔がずいっと紅花に近付いてくる。薄く笑う彼の表情は妖艶で、思わずごくりと唾を飲んだ。 「な……何よそれ」 「分かんない? 交渉するならこっちにも餌を寄越せよ。無償で王を動かせると思うな」 「……それもそうね。でも〝俺の相手〟っていうのは…………闘茶のお相手って意味じゃないのでしょう?」 「俺の妾になれって言ってんの」  僅かな希望をかけて確認してみたが、やはり違ったようだ。 「知らなかったわ。そんなに私のことを気に入ってたのね。私の浴を何度も覗いているうちに、私の女体に惹かれてしまったということ?」 「人聞き悪いこと言うなよ。単純に君のことを手に入れたくなった。……というより、柄にもなく焦ってるって言う方が正しいかな。このままじゃ君は本当に、帝哀の物になっちゃいそうだから」  飛龍が、先程までより真剣な表情で言う。  紅花に対しても所有欲を抱いているということらしい。  どうしたものかと思った。この男には行動力も交渉力も、狙った獲物を逃さない狡猾さもある。かつて奴隷の女に特例的に皇后の称号を与えたくらいなのだから。
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