第三幕

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 長子の持つ短刀は弾き返され、くるくると回って飛んでいき、地面に刺さる。  嗚呼――――終わった。長い長い、桃の花を見て愛しい人をただ思い出す、きらびやかで侘しい、冥府の後宮での生活が。 「――……これは一体どういうことか!」 「長子様が閻魔王様に刃を向けたぞ!」 「あってはならないことだ!」 「まさかこの幽鬼を呼び寄せたのも長子皇后様なのでは……」 「見たぞ! 皆慌てふためいているというのに、長子様だけはあの場に留まり、動じていなかった!」 「長子皇后様が十王への反逆を企てたというのか!?」 「しかし、私にはそこにいる鬼殺しの娘が幽鬼を引き連れて走ってきたようにも――」 「しかし、あの娘は閻魔王様を守っただろう!」  騒ぎ立てる人々に対し、幽鬼と戦って傷だらけの紅花がはっきりと言う。 「――私は、たまたま外におりました。幽鬼たちが一斉に広場に向かっているのを見て、鬼が迫ってきていることを皆に知らせようと、走ってきただけです」  実際彼女は幽鬼や狂鬼に果敢に立ち向かい、帝哀を守った。説得力はあるだろう。  人々は静かになり、紅花の言葉に耳を傾けている。 「そしてもう一つ、長子皇后様の反逆を裏付ける証拠がございます」  ざわっと人々が再び騒ぎ始める。  そこへ、一体の掃除鬼が文の箱を持って走ってきた。紅花は掃除鬼からそれを受け取り、皆の前で掲げる。 「これをご覧ください。長子皇后様から、前の閻魔王様に送られた恋文です」  はっきりと名前が書かれている上に、内容は恋文としか捉えられない、艶めかしいやり取りである。言い逃れはできない。  誰もが衝撃を受けたように口をつぐみ、何も言わない。 「長子皇后様は、宮殿の棚にこれらを大切にしまっておりました。更に、長子皇后様は、前閻魔王が退位してから一度も現在の閻魔王である帝哀様にお会いしておりません。頑なに拒否していたと聞きます。帝哀様の正妻であるにも拘わらず、です」  文を箱に閉まった紅花は、至って冷静に結論付けた。 「彼女は恋心を拗らせ、乱心したに違いありません」
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