第三幕

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「最初に出会った頃、わたくしが父親に利用されていたと言い当てたでしょう」 「あの時は、花が言っていたことをそのまま伝えただけです。私の能力を信じてもらえるように。詳しくは知りません」 「わたくし、奴隷の一族の中で、王に気に入られるために女として教育されてきたのよ。生まれながらの美貌があったからね。わたくしが王に気に入られれば一家が栄える。笑顔の作り方も、男に媚びる声の出し方も、相手の求めているものを探って的確に与えてやるやり方も、夜伽の手法も――全て、色んな男を相手にしながら、幼い頃から叩き込まれてきた。わたくしの父もそれを望んでいたわ」  紅花は初めて天愛皇后に同情してしまった。見知らぬ男に身体を触られる怖さ、辛さ、屈辱は、生前の紅花も知っている。  天愛皇后は、生まれながらにして身近な人に一家の繁栄のため利用され、計画通りこの後宮に入り、それからずっとこの狭い世界に閉じ込められている。 「そんな顔しないで。わたくし、この生活も悪くはないと思っているのよ?」 「……実は飛龍様のこと、そんなに好きじゃなかったりします?」 「愛しているわ」  予想外にも即答された。 「最初は確かに、王という立場を見て近付いたけれど。今はあの人の優しさや愛情、大切にしてくれるところ、意外と照れ屋なところ……全部好きよ」  天愛皇后は愛しそうに微笑む。  紅花は今日、天愛皇后のために怒っていた飛龍の顔を思い出した。彼なりに、妻にした人間は全員、とても大切にしているのを知っている。 「なら、それも違った形の幸せなのではないですか?」  きっと天愛皇后も気付いているのであろう指摘をすると、天愛皇后は力強く肯定した。 「そうね。そうかもしれないわね」 「……惚気を聞かされた気分なんですが?」 「なら、貴女の惚気も聞いてあげましょうか? 最近、貴女も閻魔王様といい感じなんじゃない?」 「…………やっぱり、そう見えます?」 「ふふ、嬉しそう。でも本当に思ってるわ。閻魔王様があんなに人を自分の傍に近付けることは珍しいもの。今日だって、幽鬼のことは貴女に任せていたでしょう。それって信頼されてる証じゃないかしら?」 「……私、期待してもいいと思いますか?」  天愛皇后に言ってもらえたら自信を持てるかもしれない。そう思ってちらりと期待の眼差しを向けるが、天愛皇后の返しは意地悪だった。 「さぁ。それは、閻魔王様ご本人に聞いた方がいいんじゃない?」 「……面白がってますね?」 「うふふ。わたくし、楽しくって仕方がないのよ。あの堅物の閻魔王様が、わたくしのお気に入りの女の子とくっつくかも……なんて、冥府にここ数億年はなかった面白展開だわ」 「やっぱり面白がってる!」  紅花の悲痛な叫びを、天愛皇后はくすくすと愉しげに笑いながら聞いていた。
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