一幕

6/26
前へ
/92ページ
次へ
 ■  仕事とは、最初から誰の助けもなくできるものだっただろうか――と紅花は疑問に思う。  魑魅斬から与えられたのは桃氏剣と、幽鬼の死体を入れるための箱と、幽鬼が出るという場所の情報だけで、それ以外は何も持たずに冷宮から出されたからだ。やるとは言ったが、最初から丸投げされるとは思っていなかった。  しかし、魑魅斬はわざわざ冷宮の上階、少し鬼の死体の臭いが弱い場所に玉風の寝床を確保してくれたため、あまり文句は言えない。今は玉風を殺さずにいてくれただけでも感謝しなければならないだろう。  地図を見ながら御花園に着いた紅花は、視界いっぱいに広がる景色に見惚れた。青や黄、紫など、色とりどりの花が咲き誇っている。  久しぶりにこんなに多種類の花を見た。これほど花を植えられるのは後宮だけだろう。外で熱に弱い花を育てればたちまち地獄の熱で焦げてしまう。外廷に咲いているのは、熱に強い血のように真っ赤な花だけだ。 『幽鬼 ヲ 捜しに 来た ノ』  ――声が聞こえる。花の声である。 『ここには いない ヨ』 「……ここにいると聞いたのだけど」 『昨日は ココ だった でも 今 は 養心殿 ノ ちかく』 「分かった。教えてくれてありがとう」  教えてくれたのは紫色の、花弁が六枚ある花だった。紅花はその花に微笑みかけた後、再び地図を確認して宋帝王の養心殿へ向かう。 (勝手に近付いたら駄目だったらどうしよう……)  宋帝王、飛龍の立派な宮殿が見えてきた辺りで不安になってきた。地獄の十王のうちの一人の住処に下手に近付いて怪しまれでもしたら今度こそ打首だ。  おそるおそるといった感じで養心殿近くの池に近付いた紅花は、奥から人の声がするのを聞いて立ち止まる。 「いけません、飛龍様……! 貴方のようなお方と僕では釣り合いが取れません!」 「身分を言い訳にする男は嫌いだよ。ほら、俺に身を任せて……」 「あっ……そこは……そこを触ってはなりませぬぅ!」 (………………)  飛龍が、格好からしておそらく武官らしき男を襲っている。とんでもない場面に出くわしてしまったと思い、紅花はげんなりした。  飛龍が男色家であることは後宮の外でも知られていることだ。彼は何人もの妻を持つにも拘わらず、何人もの男にも手を出していると聞く。  さっさとこの場を立ち去り、部屋へ連れ込んでくれないだろうか。このままでは幽鬼を捜すに捜せない。  体を弄られている武官と飛龍の様子を物陰からこっそり窺っていると、飛龍の動きがぴたりと止まった。 「――誰だ」  低い声で問いかけられる。  今逃げたらややこしいことになると思い、紅花は諦めて姿を現した。 「君……さっきの……」 「うっ! 鬼の死体の臭い……鬼殺しですか」  紅花が近付くと武官は不快感を顕わにし、自身の鼻を摘む。冷宮に居たのは少しの間だが、既に臭いが体に移ってしまっているらしい。 「こちらに幽鬼がいると聞いて来たのだけれど、取り込み中だったからさっさと退いてくれないかと待っていたのよ」  事情を説明し、場所を変えてくれないかと伝える。  しかし、飛龍は興が冷めたように「また今度にしよっか」と笑顔で武官を追い払った。既に下半身が露出されていた武官は慌てて服を着直し、素早く去っていく。 「鬼の死体の臭いを嗅いだ後じゃ、気分も乗らないからね」  飛龍はそう言い、池の近くにある椅子に腰を下ろした。これから鬼殺しをするというのにまだここにいるつもりらしい。
/92ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加