第三幕

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「……帝哀こそ、私のことを嫌いになったのではありませんか?」 「は? 何故?」 「私は嘘をつきました」 「いつの話だ?」 「長子皇后様の計画の手助けをする上で、嘘は不可欠だったのです……」  皆に長子皇后を疑わせるために、堂々と嘘を吐いた。紅花はたまたま外にいたのではなく、幽鬼たちを連れてきた張本人であるというのに。 「嘘もたまには必要だろう」  しかし、帝哀は予想外の返しをしてきた。 「俺は人間の、嘘を吐くところが嫌いだった。しかし、人の願いを叶えるために吐く嘘もあるのだな」  ゆっくりと帝哀の顔が近付いてきて、紅花の唇に、帝哀の唇が重なる。 「紅花。お前が愛しい」  触れるばかりで離れていった唇は、ほんの少しだけ離れた距離で囁く。 「………………嘘……」 「俺は嘘を吐かない」 「私が、愛しいと、そうおっしゃいましたか? 聞き間違いじゃないですよね?」 「聞き間違いじゃない。お前が好きだと言った。お前に俺の正妻になってほしい」 「せ、せいさい!?」 「最初は周りを納得させるのが大変だろうが、いずれは皇后の称号も、お前に与えたい」  もう、口をぱくぱくさせることしかできない。  確かに宋帝王である飛龍が奴隷を皇后にした前例はある。しかし、一介の鬼殺しである自分があの閻魔王に求婚されている実感が湧かない。 「どうした? ずっと狙っていたんだろう」 「はい……。一兆六千億年以上、貴方のことが好きでした。狙ってました。奪いたくて奪いたくて仕方ありませんでした」 「なら、もっと素直に喜べ。その俺がお前を選んだんだ」  嬉しい。嬉しい。嬉しい。気が狂いそうなくらい嬉しい。  地獄を卒業した後、無理を言って冥府に残してもらったのは、今目の前にいる帝哀に会うためだったのだから。  風が吹いた。後ろに咲き誇る赤い牡丹と、帝哀が重なる。  その時確信した。帝哀には牡丹の花が似合うと。 「帝哀、我が儘を言ってもいいですか」  帝哀を見上げて申し出た。 「私も、帝哀の宮殿の横に、御花園を造りたいです」  あの養心殿の隣に牡丹があれば、それはとてもあの宮殿を美しく見せると思うのだ。  こう見えて、短期間だが庭師をしていた身である。計画から庭造りまで携われる自信はある。  帝哀は意外そうに聞いてくる。 「我が儘と言うから何かと思えば。そんなことでいいのか?」 「はい」 「何故御花園なんだ?」 「長子様だけ帝哀と一緒に庭を造った経験がおありなのは、狡くないですか?」  少し唇を尖らせながらそう言えば、帝哀は数秒きょとんとした後、高らかに笑った。これまで見てきた中で一番大きな笑顔だった。 「何だ、嫉妬か」 「当たり前です。幼い頃家族ぐるみで仲が良かったというのも嫉妬材料です。どうして長子様は帝哀様の幼い頃を知っていて、私は知らないのですか。怒り狂って長子様のことを殺してしまいそうでした」 「お前は可愛いな」 「恋敵を殺してしまいそうなんて言う女のことを可愛いと言うのは、貴方くらいですよ」 「そうだな。俺は存外お前に骨抜きにされているらしい」  帝哀が紅花の手を取る。 「これからもずっと、俺のために狂っていてくれ。何兆年でも」
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