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3. 彼の部屋
彼のアパートは、スーパーのすぐ隣だった。
鉄筋だけど、築年数が経っていそうな感じの建物の、2階の角部屋。
「散らかってるけど」
と招き入れてくれた部屋の中は、そんなこともなく、案外片付いていた。
清潔感のある、ほど良い整い方で、好感を覚えた。
さっそく、2人でキッチンに立つ。
美千代が、千切りキャベツを作る。
その間に、友彦がお米を研ぎ、炊飯器を仕掛ける。
「慣れてるね?」
「まぁ、これくらいはね」
照れる横顔が可愛い。
美千代は、キャベツを皿に盛り付けると、今度は鶏もも肉の照り焼きのレシピをスマホで確認し、タレ作り。そこに肉を漬ける。
そしてフライパンを熱し、いよいよ焼こうとすると、
「ちょっと待って。鶏肉は中まで火が通りにくいから、先に軽くレンチンするといいよ」
と、友彦が肉の入った皿をレンジに入れた。
「へぇ、そうなんだぁ……」
感心しながら、彼の動きに見入っていると、レンチンが終わった鶏肉を、
「はい、じゃ、あとは美千代、お願い」
とパスしてきた。
美千代はそれをフライパンに移し、水分を飛ばしながら両面を焼く。
ジュワーという音と共に、香ばしいいい匂いが漂ってくる。
ほど良く焦げ目が付いたところで、まだじゅわっと音を立てている肉を、キャベツの載った皿に盛り付ける。
「かんせー!」
照り焼きのお肉とご飯、それにシャンパンが、テーブルに所狭しと置かれる。
そして、二人だけのクリスマスディナーの始まり。
『シュポン』
友彦の手で栓が抜かれたシャンパンが、グラスに注がれる。
「メリー、クリスマース!」
グラスが『カチン』と音を立てる。
それから美千代は、友彦と、いろいろな話をした。
「もうすぐ卒業だね?」
と美千代が訊く。
「……うん」
「東京に帰るの?」
友彦は頷いて、
「そうなると思う。会社が新宿だから」
「……そうなんだ」
「一緒に来ないか?」
「えっ……」
「……ごめん。忘れてくれ」
彼はそう言うと、急に立ち上がってキッチンに行き、冷蔵庫を開ける。戻って、紙の箱をテーブルに置き、開ける。と、小さなホールのケーキが出てきた。
「えーっ……いつの間に?」
「実は……昨日のうちに用意してたんだ。シャンパンとね」
照れ臭そうにした。
(そうだったんだ……)
美千代も、ちょっと恥ずかしくなって、友彦から目を逸らす。
それから彼は、蝋燭を立てて火を点け、部屋の灯りを消した。
仄かな灯りの中に、ケーキと友彦の顔がほんのりと浮かび上がる。
彼が、シャンパンをグラスに注ぎ、
「じゃ、もう一度」
と言って、乾杯した。
友彦の瞳が、妖しい光を放つ。
美千代の胸の鼓動が激しさを増す。
二人は、どちらともなく寄り添い、ハグすると、その場で重なり合っていった。
この夜をきっかけに、美千代は友彦の部屋を、たびたび訪れるようになった。
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