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5. 決意表明
それからすぐに、家族に話をした。
相談、と言うより、決意表明だった。
「すげぇな、姉ちゃん」
聞き終えるや、弟は驚きながらも喜んでくれたが、両親は難色を示した。
あまりに唐突な話だ。当然だろう。
だが、誠心誠意気持ちを伝えるうち、まず母親が折れてくれた。
「美千代はまだ22歳。自分の気持ちに正直に生きた方がいい。守るものができたら、そんなことはできなくなるから」
「ありがとう、お母さん」
母はひとつ頷いて、
「今我慢したら、きっと後で後悔する。ね、お父さん」
と、笑って父の横顔を見ると、父は、
「勝手にしろ」
そう言って背を向け、新聞を広げた。
そんな父を見て、母と弟は苦笑する。と、弟が
「こっちのことは、俺に任せろよ。心配すんな」
「俺はまだ50だぞ。お前の世話になんかなるもんか」
父は、弟を横目で見ながら言うと、続けて美千代に視線を向け、
「お前の人生だ。自分が決めた道を選べばいい。そうでないと、確かに、あとで後悔する」
そう言って、チラッと母を見ると、また新聞を広げた。
東京へ発つ前夜。
母と枕を並べた。
そこで母が話したこと……。
「母さんね、お父さんと駆け落ちしたんだよ」
「えーっ」
驚きのあまり、声が大きくなる。
「うるさいぞ」
リビングから父の声がした。それに、弟の笑い声。
母が、シーッと唇の前に人差し指を立ててから、
「お父さんとは、東京の同じ大学のサークルで知り合って。付き合うようになって……」
と、母は小声で語っていった。
大学を卒業した父は、家業の町工場を継ぐべく、北海道へ帰ることになった。
一方の母は、東京都内の名家のお嬢さん。
交際を反対され、暫くはこっそり遠距離恋愛をしていた。
しかし、いつまでもそんな状態ではいられない。
結婚するのか、別れるのか……。
出した結論は、結婚して、北海道で暮らすこと。
「当然、お許しなんて出るはずもなくて。って言うか、お前、まだあんな田舎もんと付き合ってたのか、って呆れられて」
「えー、酷い……」
「うん。その父の言い方にカチンと来てね、私、家を飛び出しちゃったの」
「えーっ」
またしても大きな声。
「おい、いつまで喋ってんだ」
「いいじゃん、最後の夜なんだから」
父と弟の声。母が苦笑してから、
「最低限の荷物だけ持って、上野駅から夜行列車に乗って」
「へぇー、すごい行動力……」
母に尊敬の眼を向ける。
そのまま、父と北海道で暮らし始めたのだと、母は言った。
「そしたら、お父さんの会社が経営破たんしちゃって、大変だった。でも、後悔はしてない」
「うん」
「こうして、美千代や和馬に会えたのも、あの時家を飛び出して、お父さんと結婚したからだもんね」
母は、この最後の言葉を、少し声を大きくして言った。
襖の向こうから、父の咳払い、そして「お父さんも素直になれよ」と笑う弟の声がした。
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