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まだ肌寒い朝の風を受けて、草の露が揺れる。
獣道の草を踏みつぶしながら、キラキラ輝く白装束に身を包んだ男女が滑るように歩いて行く。
「宗次、桜はまだ咲いていないみたい」
若い女の方が、こちらも若い男に向かって問う。
互いに息を切らせもせず、かなりの速足で歩きながら視線を周囲に配りつつ話していた。
「御霊殺し・辛一文字が鳴いている。
開花は近いはずだ」
ボソリと呟くと、腰に携えた刀に手をやった。
G県白銀市。
かつては刀鍛冶の隠れ里として知られた土地柄か、今でも刀剣を携えた者が時折現れる。
山深く、剣術の修行に適した静かな村に、様々な流派が伝えられていた。
「それで、雛は何を願うのだ」
「幼い頃の記憶を取り戻すの。
幻術の理を手に入れる代わりに失った記憶を ───」
白幻影術師・雛罌粟は、18歳になるまで毎日修行に明け暮れた。
激しい稽古の最中に幻術が暴走し、自らの記憶を封印してしまったのだった。
宗次はチラリと雛の横顔に目をやった。
「俺は、もっと強くなりたい。
『桜の宝玉』などなくても、鍛えて鍛えて、鍛え抜く。
だからお前が使えばいい」
「石だ」
雛が鋭く叫んだ。
鏐ノ川巨石群に辿り着いたようだ。
大小さまざまな自然石が積み重なり、奇妙なバランスで立ち並ぶ様子から、神の力が宿るとされていた。
そして、桜の名所としても知られ、毎年数千本の桜が咲き乱れる。
その中に、目当ての「透明な桜」があるはずである。
ガラスのように透けた花弁を開き、中心には世にも美しい宝玉を付けるとされている。
毎年桜の季節に、何でも願いを叶えてくれる「桜の宝玉」を求めて人々が集うのである。
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