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台所で健介がエプロンと三角巾を身につけていると、割烹着に着替えた八ツ葉もいそいそとやってきた。
八ツ葉は普段あまり料理をしない。だから一人で調理しようと思っていたので、健介は八ツ葉がこちらに来たのが意外だった。
「オレ一人でも作れるけど、手伝ってくれるのか?」
健介の問いに、八ツ葉は口ごもりながら答える。
「いやぁ、権六の旦那にあんなに怒られたもんですから、あっちにいるのが気まずくて……」
「なるほどな。それならちゃあんと、手伝ってくれよ」
健介は苦笑しながら、八ツ葉に三角巾を手渡した。
身支度も整えたところで、まずは材料確認。すぐ目につくのは炊飯器だ。中には朝に炊きあがったご飯が残っている。茶碗三杯分くらいはありそうだ。
続いて冷蔵庫を開ける。健介は目をぱちくりさせた。買った覚えのない五袋の油揚げが入っていたからだ。多すぎる。
「これ八ツ葉が持ってきたんだろ」
「あ、あはは~……やっぱりわかっちゃいます?」
「一袋使わせてもらうぞ。たくさんあるんだし」
ご飯に油揚げ、とくれば、健介が思いついたのはいなり寿司だ。油揚げを甘辛く煮て、酢飯を包む。母の調理を手伝ったことがあるので、健介も作れる。しかし問題があった。
「いなり寿司にするなら、お酢が必要だけど……今ないんだよなー……」
そう、健介の家には、今、酢がない。先日、鶏のさっぱり煮を夕飯に出したときに使い切ってしまったのだ。調味料の棚を見ながら、健介は使えそうなものを探す。しょうゆ、ごま油、砂糖、塩、コショウ、めんつゆ……。
「……そういえば」
健介はくるりと向きを変えて、再び冷蔵庫を開けた。がさごそと中を漁って取り出したのは、揚げ玉といりごまだ。健介がその二つを油揚げの隣に置いたのを見て、八ツ葉が不思議そうな顔をする。
「なんだか、あんまり見ない組み合わせですねえ」
「油揚げか揚げ玉か、どちらか片方なら定番だけど、今回は両方使ってみようと思う。しょうゆベースの和風味にすれば、うまく統一感が出せるはずだ」
健介の指示に従って、八ツ葉が棚から調味料を取り出す。しょうゆと砂糖に、めんつゆ。あとは調理器具も準備して、これで役者が出そろった。健介は三角巾を頭にキュッと結び直して、凛々しくしゃもじを掲げた。
「よし、それじゃあ始めるぞ!」
キリリとした健介の声のあとに、八ツ葉の「わーい」という脳天気な歓声が続いた。
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