食卓囲めばみな同じ穴のむじな也

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 いっぽう、台所では順調に調理が進んでいた。 「まずは油揚げに味をつけよう。俺が切るから、八ツ葉はお湯沸かして」 「おあげの扱いなら私も慣れてます! 手伝いますよ」 八ツ葉はそう言って油揚げの袋に手を伸ばした。が、勢いよく健介にはたかれた。 「つまみ食いの前科があるからダメだ」 健介にピシャリと言われた八ツ葉は、未練がましいうめき声を上げる。差し出されたポットをしぶしぶ受け取り、水を入れてスイッチを入れた。  健介は袋から油揚げを取り出して、包丁で半分にする。健介の家では斜めにカットして、三角のいなり寿司を作るのが定番だ。行儀よく収まりの良い俵型もいいが、立体的な三角はボリュームを感じられるのが魅力的。八ツ葉に言わせると「狐の耳みたいでかわいいですねぇ~」とのこと。  続いて、中にご飯を詰められるように油揚げを開いていく。油揚げは破れやすい。料理に慣れている健介も慎重になる。切ったところから少しずつ、丁寧に。角まで開いたら、まな板のすみに並べる。ふっくらと厚みがあるので、よく味が染みそうだ。 「お湯が沸きましたよー」  健介はざるに油揚げをすべて入れて、流しにセットした。八ツ葉からポットを受け取ったら、お湯を油揚げにまんべんなく回しかけて湯通しする。しっかり油を抜くならゆでたほうがいいのだが、健介は今回、この方法を選んだ。簡単だし、油のコクがあってもおいしいだろうと思ったからだ。  湯通しが終わったら、油揚げはざるごと水の張ったボウルの中へ。少し泳がせて熱が取れたら、二、三枚ずつ手に取って、両手で挟んで水を絞る。ぎゅっと絞った油揚げは、鍋の中に並べていく。きっちりキレイに、とまではいかずとも、高さが均一になるように気をつける。そうすると、どの油揚げも均等に味が染みわたるからだ。  健介が鍋に油揚げを並べている間、八ツ葉が味つけ用の調味料を作る。調味料だけならつまみ食いもできまいという、健介の判断だった。  八ツ葉は砂糖を計りながら、健介に尋ねる。 「健介、今回は甘めにします? それとも普通くらい?」 「うーん、普通にしよう。中のご飯にも味つけするつもりだし」 ふんふん頷きながら、八ツ葉は大きめの計量カップに砂糖を四杯入れた。それからコップ一杯ちょっとの水に、しょうゆは大さじ三杯。砂糖を溶かすようによく混ぜたら、健介にバトンタッチ。すべての油揚げが収まった鍋に調味料を注ぎ入れて、コンロの火を点ける。中火にして、沸くまで待機だ。 「八ツ葉は鍋見てて。沸いたら教えてくれ」 それまでの間、健介は中に詰めるご飯を準備する。まずは揚げ玉をボウルに出し、そこにめんつゆを入れる。入れるといっても、風味づけ程度にほんのちょっとかけるくらいだ。味のついた油揚げと合わせるので、うす味なのがちょうどいいだろう。  それから、炊飯器のご飯を茶碗に移し、ラップをかけて電子レンジで温める。温めたご飯は揚げ玉のボウルに投入。揚げ玉がご飯全体に行き渡るように混ぜる。ある程度混ざったら、いりごまも入れる。健介はごまの食感が好きなので、気持ち多めに入れてみた。 「鍋沸きましたよー」 八ツ葉の知らせを受けて、健介はコンロの前に行く。 「いち、に、さん……つまみ食いはしてないみたいだな」 「しませんよ~、お客さんに出すものですもん」 「前科三犯が何言ってんだか」 軽口を叩いたら、コンロの火は弱火に。落し蓋をして、タイマーを十分(じゅっぷん)にセットしてスタート。味が染み込むまで、あとは待つだけだ。  油揚げを炊いている間に、再びご飯の準備を進めていく。揚げ玉とごまがまんべんなく混ざったら、油揚げの数に合わせて、ボウルの中でご飯を等分する。こうしておけば、足りなかったり、多すぎたりすることはないので安心だ。一つずつすくい取って、ラップに包んで軽く成形していく。丸みを帯びた俵型のご飯が、ころころと皿の上に並ぶ。  ご飯を握り終えたところで、ちょうどタイマーが鳴った。落し蓋を取ると、煮汁を吸った油揚げが姿を現した。味がよく染みていそうなきつね色をしている。菜箸で持ち上げると、しんなり、くったりと柔らかい。一つ一つ取り出して、バットに並べる。粗熱が取れるまでは、二人で皿を出したり、調理器具を片付けたりした。  油揚げが冷めたところで、いよいよ大詰めだ。油揚げの煮汁を軽く絞って、開いて、ご飯を優しく詰めていく。口を折りたたんで閉じたら、軽くきゅっと握って完成だ。甘いしょうゆの香りの中、健介はせっせとご飯を詰めていく。 「良い匂いですねぇ……食べたいですねぇ……」 食欲に負けて締まりのない顔をしている八ツ葉がおかしくて、健介は笑った。 「わかったよ、お客さんに出して余ったんなら、食べていい」 「ほんとですか?!」 やったーっ!と言って跳びはねる八ツ葉。勢い余って、狐の耳にくわえてしっぽも飛び出た。狐って本当に油揚げが好きだな、と少し呆れて笑いながら、健介は最後のご飯を詰め終えた。
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