食卓囲めばみな同じ穴のむじな也

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 食後の片づけを終え、茶を一杯飲んだ後、伊三郎は再び全国行脚の旅に戻ることにした。水色のリュックを背に、手には日本地図を持ち、健介の家の玄関に立っている。 「こたびは本当に世話になった。うまい飯で力も湧いてきたわい。感謝する」 そう言って伊三郎は健介たちに頭を下げる。その頭に狸耳はもうついていない。しっぽもない。顔を上げれば、柔和な笑顔に活気がみなぎる。今や変化(へんげ)の力を十全に取り戻し、心も体も準備万端。出会ったときとは見違えるほど、活力にあふれていた。 「全国の妖怪に会いに行くんですって? じゃあ、高名な狐に会ったら、この私、八ツ葉の善行もぜひ広めてくださいね!」 「うむ、カピカピまんじゅうの恩は忘れん」 「ごめんなさいそれは忘れてください! あの、人間や狸によく尽くしてるという話をですね……」 慌てる八ツ葉に、軽快に笑う伊三郎。妖狐に冗談を言えるほどの遊び心があれば、これからどんな妖怪に会っても、友好的な関係が築けるに違いない。いや、妖怪に限らず、人間とも、だろう。 「まんじゅうのことは忘れてもいいが、俺たちと飯を食ったことは忘れないでくれよ。山ン中で行き倒れたのを覚えてれば、同じことにはならないはずだからな」 「肝に銘じておくわい。そのためにも、しっかり人間の店の使い方を覚えておこう。頼めるかの?」 「ああ、町まで俺が送っていくから、その途中でコンビニに行くか」 伊三郎はうなずいた。最後に健介に向き直り、しわのある、しかしふくふくと厚みのある両手で、健介の手を取った。 「むじなにぎり、うまかったわい。おぬしは命の恩人じゃ。本当にありがとう」 健介は優しく、伊三郎の手を握り返す。その手のぬくもりから、人間と妖怪の垣根を超えて、生命を感じた。 「喜んでもらえてよかったよ。ご飯しっかり食べて、旅行、楽しんでくれよな。全国には人間が作ったおいしいものがたくさんある。どれも人間が生きていくために、知恵を絞って、努力して作り出したものだ。妖怪だってきっと気に入るさ」 「うまい飯は心をつなぐ。お主の料理のおかげで、よーくわかったわい」  健介は八ツ葉と並んで、伊三郎と権六を見送った。  山はいまだ雪をかぶり、吹き下ろす風は凍えるほどに冷たい。いかに自然が厳しくとも、人も妖怪も、その生は続いていく。おいしい食事が、みなのいのちをつないで。
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