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次回予告
「みんなには秘密だけど、もう付き合ってる子がいるんだって」
日が落ち始めて、ちょうど眩しいくらいの夕焼け色が窓を彩る、放課後。他に誰もいない教室で。
「根掘り葉掘り聞いた……ってわけじゃ、ないの。ただ、最近告白されたんだ、って。そう言ってたんだー」
独り言というには明るい結菜さんの声。話の中身と噛み合わなくて、空元気が透けて見えるような。
たとえ、その顔を見なくとも。なんだか背伸びしたみたいな声の行き先は、机に突っ伏して寝たフリを決め込んでいる、俺の方に向かって。
「私、もうちょっと早く言えてたら良かったのかな? やっぱ考えるのなんて後回しにして、勢いで言っちゃえたら、違ってたのかな」
相づちなんて挟める間もなく、流れるように、言葉が続く。
「ううん、そんなんじゃ変わんないよね。私なんかじゃダメ、だよね……」
日が沈むみたいに。元から胸が痛むような声色が段々と陰って、途切れて消えた。
窓の外には代わり映えしない放課後の喧騒が静かに響いている。きっと運動部のものだろう、いくつも重なった笑い声が揺れた。
それが、俺に向けられたわけでも、結菜さんに向けられたわけでもないことは分かっている。
「結菜さんは」
それでも、今は誰かの笑い声なんて聞いていたい気分じゃないから。とっさに口を開く。
「……魅力的だと、思うよ」
無理矢理に続ける。思ったままを、どうせ思ったまま伝わらないと分かっているから、真っ直ぐに。
こうして寝たフリをしていて、なお顔を背けたくなるような無言の間。結局誰かの笑い声が空々しく続いて、やっぱり笑われたい気分じゃないのに、言葉はもう浮かんでくれない。目を逸らすみたいに、少しだけ顔を上げた。
嬉しい。
悲しい。
恥ずかしい。
だけど虚しい。
色んな情緒がない交ぜになったみたいに、結菜さんは唇をフニャフニャにさせていた。とっさにうつむき直してしまうくらい、見続けてはいけない気がした表情だった。
「…………そうなりたくて、頑張ってたつもり、だったの。私」
しどろもどろといった調子に揺れる声。うつ伏せているのに、きっと夕焼けが、眩しくて。
「もしかして頑張れてるのかな、だなんて思ってた。ちゃんとしてたら、ほら、上手くいくんだよって。思っちゃってた」
水平線に滲む夕日を思う。防風林の合間を縫った階段から望む、波線に溶ける夕方の色。実際に見たことなんてないのに、近くにあるような気がして。
「ダメだったなー、私。ごめんね、せっかく」
脈絡の揺れる言葉。目を刺すくらいに映える赤。
「相浦くん。応援、してくれたのに……っ」
波音みたいに声が震える。吐息が、吐息が。押し殺すみたいに。
触れることが許されたなら。大丈夫だよって、衝動的に、抱きしめたいだなんてワガママ。頭を撫でて、気持ち悪がられて、全部かき混ぜて壊したくなるような息苦しい衝動を。
押し殺して。寝たフリの下敷きにしていた方の腕を、そっと、見えるように差し出してみせる。
用意していた、ハンカチを示す。下手に口を開けば何を言ってしまうか自分でも分からないから。そんな身勝手な捻くれを、今だけは必死に手懐けて、待つ。
息を潜めたような沈黙。誰も笑わないでほしいだなんて願いは。
すぐ傍ら、結菜さんの微笑むような声に消された。思わず目を向けてしまう。
「値札、付いたまま」
苦笑い。声色も、その表情も。
「でも、ありがと……っ」
すぐに涙にふやけるから、俺はまた顔を伏せた。耳を塞ぐことができないから、せめてきつく目を閉じる。
これで、終わり。
今度こそ本当に終わり。始まる前から終わった話の、願ってもない続きの話も、もう終わり。できることも、してもいいことも、全部なくなった。本当にそれを願っていた。
「……ねぇ、相浦くん」
なのに、結菜さんの声に耳をそばだててしまう。
「このハンカチ、また洗って返すね」
ううん、返さなくていい。そんな言葉が出てこなかった。
「私、ね。思うんだ……なんか頭の、中。ぐちゃぐちゃだけど」
泣き声の合間を縫ったように続く言葉を、止められなかった。
「私、まだ分かんないけど。頑張れてるか分かんない、けど……でも」
波線に散らばった言葉をかき集めるみたいに、必死に続く。内緒にしたい秘密みたいに。
分かっている。それは都合の良い願い事なんかじゃないから。
「本音を話せる人がいるのが、こんなにも、嬉しい」
本音を話せないことが、こんなにも、苦しい。何故だろう、目を閉じても夕焼けの赤が胸を刺すから、今度こそちゃんと顔を上げる。
伝わらないって分かっているから、真っ直ぐ見やる。
泣きはらした目と、目が合った。
「ねえ相浦くん。また何かあったら……ううん、なんにもなくても!」
届かなくてもいい。そう思っていた。思いたがっていた。
「また、相浦くんに話したいから! みんなには、秘密にしててね……!」
その言葉の、その距離の先に、都合の良い未来なんかないと分かっていても。
本当は、ずっと、ずっと彼女に伝えたい思いがあった。うまく言葉にできずとも、自分ですら誤魔化しきれない本音。答えを。
「りょー」
『解』まで告げない背伸びだって、あってもいいと思うんだ。ほら。
「結菜さん以外には、内緒で」
秘密って、こんなにくすぐったい。そういう『羨ましい俺』でいたいから、だなんて。だから改めて、この話は終了で。
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