おなかが空いたならプリンを食べればいいじゃない

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
「眠れないや……」  私はベッドから起き上がる。  ぐーっとお腹が鳴っていた。  腹ペコだ。  そーっと部屋の扉を開けて、薄暗い廊下に出る。  弟の部屋の隙間からは明かりが漏れていた。  こんな時間まで勉強なんて受験生は大変だなぁ……なんて思いながら冷蔵庫を目指す。  リビングにはいつも晩酌をしている父と母がいるのだが、今日はいない。  二人の休みが重なったので、夫婦水入らずで旅行に出かけたのだ。  勿論両親から事前に旅行の誘いは受けた。  私は大学1年生にもなって家族旅行は恥ずかしいし、弟も高校受験生ということでパス。  結果、私達姉弟でお留守番になった。  ダイエット中だし、深夜だけど……こんな時くらいいいよね?  冷蔵庫を開けると、調味料や飲み物はあるが、肝心の食糧がほぼない。 「面倒くさがらないで買い出し行けばよかっ……あ!!」  冷蔵庫の奥に三個パック入りのプリンを見つけた。  かずきと弟の名前が書いてある。  夜食用に買っておいたのだろう。 「……一つくらい、いいよね?」  封を破り、一個プリンを頂く。  プッチンのタイプだったけど、私は大人なのでプッチンはもうしない。 「ふぅ……」  銀のスプーンで最後までかきこむ。  お高いプリンじゃないからこそのこのチープな甘ったるさがいい。 「もう一個!」  更にもう一つ。  面倒なので容器に口を付けてそのまま啜った。  キャラメルが微妙に残って勿体ないので、スプーンでこそげ落とした。 「あれ? もう終わっちゃった……」  空っぽになった二つのプリンの容器。  最後の一つに手が伸びそうになるが、流石に思いとどまった。 「ダメよ私、これは弟のだからダメ。二つも食べちゃったんだし、お腹の虫は収まった、収まった」  言い聞かせて最後の一つを冷蔵庫に戻そうと……やっぱ無理。 「いただきます」  最後のプリンは極上の罪の味がした。 「ふー、満足満足」  お腹をさすって椅子に深くもたれかかる。  テーブルには空っぽになった容器の残骸。 「やばいわね……」  ガチャリ。  リビングの扉が開いた。 「あー、休憩休憩。あれ、姉ちゃん起きてたんだ?」  弟がリビングに入ってきた。  私は慌ててプリンの残骸をゴミ箱に捨てる。 「そ、そうね。でもこれから寝るから。おやすみ~」  そそくさとリビングから退出しようとする私。  弟は既に冷蔵庫を開けて中を覗いていた。 「マテや」  声を掛けられた。  遅かった。 「……何かしら?」  勤めて冷静に振り返って尋ねると、弟は横目で私を睨みつけてきた。 「プリンどこやった?」 「あら、何のこと?」  大人の微笑で対抗しようとしたけど、目力が強くて負けた。 「姉ちゃん俺のプリン食べたでしょ」  断定されてしまう。そりゃ、家に二人しかいなければそうなる。  こうなればもうふてくされるしかない。 「いいじゃない。べつに減るもんじゃないし」 「減ってるんだよ!」 「……確かに」  思わず頷いてしまうほどいいツッコミだった。  弟はため息をついてジト目を向けてくる。 「てか姉ちゃんダイエットしてたんじゃないの? それなのに夜中にプリンとか。太るよ?」 「あ、明日から! 明日からまた頑張るんです~」 「それ何回目?」  鼻で笑われてしまった。 「うぐぐぎぎ……」  言い返したいけど言い返せない。  そして調子に乗った弟は止まらない。 「だから姉ちゃん痩せないんだよ! やーいデブ、三段ばら~!」 「言ったわね!? かかってこい! ほら、かかってこいよ!!」  思わず拳を突き出す。  弟はとっさに私の拳を避けた。 「かかって来いって言って殴りかかってくる姉ちゃんがいるか! 短気かよ!」 「うるさいわね。姉より痩せてる弟なんていらないのよ」  憎しみを込めて睨みつけると、弟は深くため息を吐きだした。 「逆恨みじゃん……でもまぁ、俺も今回ばかりは負けるわけにはいかないかな」  奴は拳を固め、ファイティングポーズをとった。 「ふん、それはプリンの復讐ってこと? あいつら甘くておいしかったわよ?」  嫌味たっぷりに笑みを浮かべると、弟は怒りの形相で拳を振り上げた。 「姉ちゃんこのヤロウ!!」 「かかってこいかずきぃ!!」  私も応じるように拳を振り上げた。  もめごとは拳で解決するのがウチのルールだ。  両親はよく殴り合っている。  ちなみにだいたい母が勝つ。     カーテンの隙間から朝日が入ってきた頃、私達は最後の拳を振り抜いて、どちらともなく大の字でリビングの床に倒れた。 「やるじゃない、かずき……」  今日が休日で本当に良かった。一軒家でよかった。  そうじゃなきゃ騒音で通報されていたかもしれない。 「朝になっちゃったじゃねーか。俺の勉強時間返せよ姉ちゃん」  大の字で転がり、はぁはぁ息も絶え絶えに弟が悲し気に言う。 「悪いわね、ぅくく」  思わず笑みがこぼれると同時に、ぐ~と私のお腹が鳴った。  つられてか、弟が笑い出す。 「腹、減ったな姉ちゃん。何食べたい?」  身を起こした弟に手を差し伸べられて、私はその手を掴み身を起こす。 「そうね、やっぱりプリンが食べたいわね」 「プリンはもういいって」  弟はげんなりと肩を落とし、私はまた笑うのだった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!