縛り、縛られ、囚われて~DomとSubの幸せな依存〜

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 激しい雨音に気を取られてふと足を止めると、大粒の雨が窓ガラスを叩きつけていた。梅雨なので雨が降るのは当然だが、今年は例年になく梅雨明けが遅く、ここ最近は各地で浸水被害が出るほどの大雨が続いている。  病棟を繋ぐ渡り廊下ですら院内の空調は快適に保たれており、白衣を羽織っていても梅雨特有の不快な蒸し暑さを感じることはないが、連日の悪天候にさすがに気が滅入りそうだ。思わずため息をつくと、胸ポケットの中の医療用PHSが着信を知らせた。 「はい、佐々です。今向かっているので、詳しい話はあとで聞きます」  相手はまだ何か話を続けていたが、最低限の返答をするとそのまま通話を終える。  その場を立ち去る寸前にもう一度窓に目をやると、ガラスにはいくつも筋が出来ていて、外の景色も映り込んだ自分の顔もぼやけてよく見えなかった。 「はい、どうされました?ああ、点滴終わりましたね。今から伺うので待ってて下さいね」 「入院受け入れの依頼が入ったんだけど、ちょっと対応してもらえる?」  医療用機器の電子音。ひっきりなしに鳴る電話やナースコール。そしてそれらに即座に対応する看護師。ナースステーションは昼夜を問わずいつも慌ただしい。  佐々怜一は医師になって五年目の内科医だ。医師免許を取得してから初めの三年間は大学病院に勤務していたが、事情があって二年前にこの病院に赴任してきた。 「先生、先ほどお電話した件なんですけれど」  ナースステーションに一歩足を踏み入れた途端、待ち構えていたように声をかけられた。声の主は、山瀬というこの春に入職したばかりの若い男の看護師で、女性が大半を占める職場で肩身が狭いのか、必要以上に萎縮していつもオドオドしている。 「ぼ、僕、田中さんの受け持ちなんですけど、今御家族がいらっしゃっていて、先生とお話したいと希望されていてですね・・。その、退院の相談を、なんですけど・・」 「一昨日すでに田中さんの奥様と面談をしました。山瀬さん、受け持ちの君も同席していたはずでは?」  わざわざコールをして呼び出すほどの火急の用件か。そう暗に含んでしかも名指しで問いかけると、怜一の冷ややかな視線に相手は凍り付いた。それでも構わずに続ける。 「病状が安定してきたので、長期入院可能な療養型病院への転院について説明をしました。自宅退院が難しいことは、説明して納得して頂いたはずです。面談に同席した君も知っているはずだ」 「で、でも、家族は自宅退院を希望されているんです。仕事で忙しくしていた人だから、最後ぐらいは家でゆっくりして欲しいっておっしゃっていて。だから・・」  緊張を飲み込み勇気を奮い立たせて訴えかけたようだが、怜一がじろりと見据えると、すぐに萎んで一歩後ろに後ずさった。 「確かに一時に比べて病状は安定している。しかし残念ながら今後も少しずつ緩やかに悪化していくはずで、継続的な医療が必要です。ましてや田中さんは奥様と二人暮らしだ。往診や訪問看護をいれたとしても、サポートが十分とは言い難い。自宅退院は家族の自己満足でしょう。患者さん本人にとっては入院継続がベストです」 「すいません、ちょっといいですか」  委縮しっぱなしの新人を見かねたのか、落ち着いた声が後ろから助け舟を出した。 「なんか、田中さん昨日からいつもと様子が違うんですよ。気のせいかなとも思ったんですけど昨日だけじゃなくて、今日も」
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