縛り、縛られ、囚われて~DomとSubの幸せな依存〜

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 困惑したままこくこくと頷くと、伊吹は頬をゆるませてとても嬉しそうな顔をした。Domを満足させられたことが嬉しくて、怜一の気持ちはさらに高く浮き上がる。 「すごく気持ちよさそうだね」 「ん、きもちい・・・」 「そっか、もうちょっとそこにいていいよ」  スペースとは、プレイ中にSubに起きるトリップ状態のことで、信頼や相性などいくつかの条件が重なった時、意識が完全にDomのコントロール下に置かれて酩酊状態に陥ることを指す。Subはスペースに入っている間この上ない幸福感を感じるが、コントロールを怠るとたちまち虚無感や不安感に襲われ、ドロップと呼ばれる恐慌状態に陥る。ドロップは過度な恐怖を感じた時などにも生じ、Subにとって精神的に大きな負担となるため、それを防ぐためにDomはSubにアフターケアと呼ばれるプレイのご褒美を与え、現実に戻してやる必要がある。  怜一は今までのプレイでは経験したことのないスペースの心地よさに酔いしれて、宙に浮いたままどこかへ流されてしまいそうな寄る辺の無さも感じても、切れた糸の先を伊吹が握ってくれていると何の疑いもなく信じて身を委ねた。 「もうふにゃふにゃじゃん。普段とギャップありすぎて、俺やばいんだけど」 「・・あ、ごめ・・」 「ううん、うれしい。Dom冥利につきるよ。Subが信用して身を任せてくれるのも、アフターケアするのも、Domはすごく満たされるんだ。俺とプレイしてくれてありがとね」  伊吹は寄り添って頭や背中をさすりながらリワードを繰り返したあと、念のためと縛った手首のあとに軟膏を塗布し、怜一自身がないがしろにしていたSub性にそれはそれは丁寧にアフターケアを施してくれた。 「眠い?寝ちゃってもいいよ。最近あんまり寝てなかったでしょ?」 「ん・・」  飢えていた本能が存分に満たされると、今度は急激な眠気に襲われ、自然と瞼が閉じる。 「ヤバい、これはまりそう」  最後に聞こえた言葉は夢か現か。まあどっちでもいいか。そんな些細なことは、今はどうでもいい。   「あ、起きた?おはよ、気分はどう?」 「あ、いや・・」 「まあ、聞かなくても分かるけど。随分顔色良くなってる」  頬の上を移動する日光で目を覚ました怜一は、自分が見慣れない部屋のベッドに寝ていることに気付き狼狽えた。  半開きのカーテンの向こう側は久しぶりの晴天で、真新しい夏の日差しが照り付けるベランダで伊吹が洗濯物を干していた。  体を起こすと慢性的な体の不調が全て綺麗に消え去っていて、途切れ途切れだった記憶が一瞬にしてつながる。ベッドサイドの時計を確認すると、随分長く寝たような気がするのにまだ数時間しかたっていなかった。 「着替えさせてもぜんぜん起きないから、ちょっと焦ったよ。あ、なんか食べる?」 「着替え?・・あ」  ベランダに干された洗濯物の中に自分のボトムスや下着もあることに気付き、舌打ちをする。気恥ずかしくて、必要以上にぶっきらぼうな口調になった。 「なんで」 「あれ、もしかしてアレルギーとかある?」 「違う。なんで君はそんなに俺に構うんだ。俺がSubだからって理由ならもう放っておいてくれ」  それでも伊吹は怜一を構うのをやめるつもりは無いらしく、ベランダからキッチンに移動して、「今こんなもんしかないんだけど」と冷凍ピザとコーヒーを準備した。  こいつといると調子が狂う、とため息をつく。 「ねえ、なんであんなになるまで我慢してたの?」
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