縛り、縛られ、囚われて~DomとSubの幸せな依存〜

18/33
前へ
/33ページ
次へ
 ぼんやりしている間に、いつの間にか裸にスウェットの下だけ履いた伊吹が背後に立っていた。引き締まった筋肉やゴツゴツとした骨格に窓から射した日光が影を落とし、木洩れ日のようなコントラストを作る。 「セーフワードは?」 「いつものでいい」 「俺、まだ『おすわり』って言ってないけど?」 「朝比奈・・・っ」  気が付いた時には床に跪いていた。グレアを伴う視線に一瞥されただけで、体も精神もコントロールも一瞬で伊吹の手の中に移る。 「まだ何も言ってないのに、悪い子だね。そんなにお仕置きが欲しいんだね」 「いや、違う・・」 「うるさいなあ。もう『黙って』」  緞帳で覆われたその先に別の部屋を垣間見るように、プレイの時だけ伊吹の奥行きのある内面がちらちら覗く。 「『脱いで』」  震える手でシャツのボタンに手をかける。常ならば受け入れがたい屈辱も、被虐的な思考に偏っている今は悦び勇んで受け入れる。  一つボタンを外すたび、少しずつ肌が露わになるたび、頭の片隅に欠片だけ残っていた理性とか常識とか人間的な思考が霧散し、動物的な単純な欲求だけが取り残される。 「先生はいっつも綺麗だね」  恥部すら隠さない一糸まとわぬ姿を、熱の籠った視線が上から下までじっとりと行き来する。視線の軌跡が熱を持ち、果物が熟していくように肌が紅潮した。しかし華奢だなーと手のひらが肩を掠めて、飛び上がりそうになった。 「恥ずかしいの?違うか、期待してるんだね」  怜一は、目で訴えることしか出来ない。まるで躾の行き届いた犬のように。 「裸でお座りして、犬みたいだね」  優秀な飼い主のように伊吹は正しく汲み取った。そして、何を思ったのかテーブルの上の赤いリボンを手に取る。 「『這いつくばれ』。俺の犬になってよ」  そう言って、リボンを怜一の首に巻き付けて、少しきついぐらいの力加減で結んだ。  ひゅっと、喉がなる。これって、まるで。 「カラーみたいだと思わない?」  カラー。忠誠と庇護の交換の約束。こんなリボンは、何の意味を持たないお遊びみたいなものだけれど、白い肌に契約の赤い印だけ身に着けた姿を自分で想像するだけで、なんというか。 「感じちゃった?」  カラーを身に着けることで精神が安定し、時にはそれなしでは社会生活が送れないほど依存するSubもいるというが、今の怜一にはそれが痛いほどよく分かる。  だって、たった数センチの幅の布に、囚われて、絡めとられて、逃げられそうにない。リボンがほどけないように慎重に引っ張られると、首は締まらないのに息だけが詰まった。 「今日だけ俺のもんね」  意識がぬるい海の底に沈む。 「歯止めがきかなくてごめん。辛いとこない?」  気が付いた時には、既に夕方だった。  目と耳が水の膜で覆われていたかのようにプレイの記憶は薄ぼんやりしているが、いつもどおりスペースに入ったあと、気を失うように眠っていたらしい。 「ほら、夜勤明けって妙にムラムラするじゃん?だから、つい魔が差して」 「つい?少しは手加減してくれ。君だって毎回意識のない人間の介助をするのは面倒だろう」 「んー、面倒というか、役得?」  怜一は腕を組んで首を傾げる。 「それに、今日は先生もいつもと違ったよね。スペースにどっぷり嵌って抜け出せない感じというか。なんでだろ」 「別に。何も違わない」  何の自覚もないというのか。伊吹には気付かれない程度に小さく舌打ちをした。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

51人が本棚に入れています
本棚に追加