縛り、縛られ、囚われて~DomとSubの幸せな依存〜

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 無意識に首の後ろに触れるが、当然そこには何もない。眼球だけを動かすと、テーブルの上で無造作に丸まる赤いリボンが目に留まった。 「なぜ、最後までしないんだ」  ソファにだらしなく座ったまま、冷蔵庫の中を物色する怜一の背中に問いかける。 「先生はしたい?」  ゆっくりと振り返った伊吹は、ペットボトルを片手に持ち、眉を八の字を下げていた。 「そういうわけじゃ無い。でも、普通するだろ」  プレイとセックスは必ずしもイコールであるとは限らないが、プレイの延長線上で体を繋げるのは自然な流れで、珍しいことではない。  しかし伊吹とのプレイは、お互いに欲を発散するだけで、体を繋げたことはなかった。プレイに肯定的で怜一を毎回スペースに引きずりこむ伊吹が、どんなに昂っても体を交えようとしないのは違和感がある。 「先生って、両親もダイナミクス持ち?」  言いたくなかったら言わなくてもいいけど、と付け加えながら、ペットボトルの炭酸水を寄越し、正面のラグの上に胡坐をかく。 「ああ。両親ともにDomで、お互い公認でパートナーがいる」 「お医者さんの家系ってやっぱりそういうの多いよね」 「まあな。うちの実家に限らずよくあることだ」 「俺ね、母親がSubなんだ」  もう亡くなったんだけど、と言う横顔には穏やかで悲壮感はない。  話の先が読めず、黙って炭酸水を煽る。 「父親はDomで、他に家庭があった。なんでも大病院の経営者一族とかで、政略結婚て言うの?同じような家の娘と結婚したんだけど相手はNormalだったんだって。だから、看護師をしていた母とクレイムを結んで、そのうちにどういうわけか生まれたのが俺」 「それも、割とよくある話だな」  軽く相槌を打ち、伊吹が開けたスナック菓子の袋に遠慮なく手を伸ばす。いつも何かしら手を加えたものを出すのに、今日は皿にも出さずに袋のままだった。 「母はパートナーとしてだけではなく、男としても父のことが好きだったけど、父はそうでもなくて、もし奥さんがSubだったら母との関係は無かったはずなんだよ。宙ぶらりんなことをした父が悪いんだけど、母は割り切ることが出来ずに随分苦しんでた。父の奥さんも多分同じだったと思う」  テーブルを挟む二人の間に、淡々と落ちて溶ける声。伊吹の目がどんな色をしているのか、照り付ける西日でよく分からない。 「俺はクレイムをするのは恋人だけにしたい。愛情も欲望も向けるのは全部同じ人がいい。プレイをしないわけにはいかないけど、そこだけは譲りたくない」 「つまり、手淫はプレイの一環だけれど、挿入を伴うセックスは恋人としかしない、そういういうことか。どこからが性行為なのか人によって判断が違う可能性もあるが、それはいいのか?」 「え、そこに引っかかるの?いや、言われてみたらそうなんだけど。でも、まさか先生にそんなこと聞かれるとは思わなかったよ・・」  顎に手を当てて、医師の性で主訴を客観的に簡潔にまとめると、伊吹は呆れた顔をした。セフレとかそういうつもりじゃなくて、と頭を抱えてブツブツ呟く様子を見ていると、怜一の口元は自然と緩んだ。 「君のパートナーになるSubは幸せだな」  気が付いた時には口に出ていた。ペットボトルの底から生まれる気泡と同じぐらい自然に湧き出た言葉だった。なんでそんなことを言ったのか、自分でもよく分からない。  伊吹は笑いながらゆるく首を振る。 「先生に担当される患者さんも、幸せだよ」
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