縛り、縛られ、囚われて~DomとSubの幸せな依存〜

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 お互いの真意はうやむやなまま、型落ちの古いエアコンが唸る音だけが聞こえていた。  駅までの帰り道、買い出しに行きたいからとい付いてきた伊吹が突然立ち止まって祭りのチラシを指さした。 「今度朝顔市があるんだって。朝顔ってベランダでも育てられるもん?」 「さあな。鉢植えなら大丈夫なんじゃないのか」 「来月だって。よし、俺も休み取るから一緒に行こ」 「はぁ?なんで俺まで」 「いいじゃん、絶対楽しいよ。お祭りってなんかわくわくしない?」  無邪気に同意を求められ、怜一は眉を寄せた。  プレイはして、セックスはしなくて(厳密に言えばかなりグレーかもしれないが)、二人でお祭りに行き、鉢植えを買う。それは一体どんな関係なのだろうか。  考えながら歩いていると、たまたま隣を通りすぎたカップルに目を奪われ、足を止める。肩を並べて歩く二人の首元では、凝ったデザインのお揃いのカラーが誇らしげに存在を主張していた。 「どうした?ああ、最近あーゆーのはやりだね」  伊吹も足を止めて、怜一の目線の先を追いつぶやく。  本来Subだけが身に着けるカラーをDomもお揃いで着用することが、性の平等という世相を反映し若いカップルの間で流行している。一昔前はカラーと言えば首輪にしか見えない無骨なものばかりだったが、今ではデザインも多様化し、一見アクセサリーにしか見えないものも多い。  一日を終えて夜を迎える寸前の街は、日中にため込んだ熱気をまだ地表に留め、週末の夜を楽しむ若者やカップルが足繁く行き交う。よく見てみれば他にもカラーをしたカップルはいて、お互いの関係を主張していた。  カラーをした彼らとそうではない自分たち。夕刻の雑踏の中で、自分たちの関係は一体どういうふうに見えているんだろう。  怜一と伊吹は、ただ欲のはけ口としてプレイをするだけの都合のよい関係で、それ以上でもそれ以下でもない。しかし、祭りに一緒に行くのはどう考えてもプレイとは言い難く、利害の一致という言葉で片付けていた今までの関係からは大きく逸脱してしまう。 「屋台のタコ焼き食べたいな。先生何喰う?」 「・・こっちの気も知らないで楽しそうだな」  動揺といら立ちを隠すため、駅前で別れるまでほとんど返事はしなかった。  例年であれば梅雨明けした途端に真夏の暑さに体力を奪われて体調を崩すのだが、今年は 特に何の支障もなく今までにないほど快調だ。  体調が安定すると、不思議と過去の出来事や同期達との差を嘆く気持ちがなくなった。最先端の医療には携われなくても、限られた環境で最善を尽くすために何が出来るのか試行錯誤するのもまた医師としての正しいあり方の一つだと、今は思っている。  今までにない充実した日々。だから、時期外れに新しい内科医がやって来るという内科部長の話もすっかり忘れていたのだ。 「こちら白川先生、今日から勤務されます」 「初めまして、白川和泉です。ご指導ご鞭撻よろしくお願いします」  新しく勤務をするという医師は、何の腐れ縁か大学病院で同期だった医師だった。それも、怜一をそこにいられなくした張本人の。  なんで。どうして。逃げるためにここに来たのに、そのために理想や目標まで捨てたのに、なぜまた顔を合わせないといけない。 「私が指導しますが、院内の細かいことは佐々先生が教えて上げてください」 「はじめまして、佐々先生。よろしくお願いしますね」  なにをいけしゃあしゃあと。腹の底からせり上がる煮えたぎった憤りをなんとか飲み下す。
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