縛り、縛られ、囚われて~DomとSubの幸せな依存〜

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「何もないのに怒る人じゃないでしょ、先生は」 「俺の何を知ってるんだ」  気づかわしげに伸ばされた手を勢いよく叩く。宙に浮いた手を見て、伊吹はとても痛い顔をした。DomはSubに否定されることで少なからず精神的なダメージを負う。しまったと思ったが後の祭りだ。 「ごめん、急にグレア出して。嫌だったよね」  今、怜一は間違いなく伊吹を傷つけてしまったのに、それでもなお伊吹は怜一のことを気遣おうとする。 「違う、それは・・」 「もう病院ではしないから。最近勤務が合わなくてプレイ出来てないし、なんか調子悪そうだし、先生大丈夫かなーって心配していたんだけど。でも俺の勘違いだったみたい」  違う、大丈夫じゃない。そう言おうとしたけれど言えなくて、開いた口をそのまま閉じた。 言うのは簡単だけれど、そうすれば思い出すだけで胸糞悪くなるあの出来事を教えなければいけなくなるだろうから。これ以上弱みを見せると、二人の関係は利害の一致ではなく依存に大きく傾いてしまう。 「また先生のいい時に連絡してよ、いつでもいいから」  今からカンファあるから、と目の前でバタンとドアが閉まる。射しこんだ西日と盛大に夏を歌うセミの大合唱の中で途方に暮れる。 「いいんですか、佐々先生。彼にあんな態度をとって」 「何のことでしょう」  他の医師が定時で帰宅したあと、当直で残る怜一に白川が帰り支度をしながら話しかける。 「彼、いい看護師ですよね」  はっとして隣を見上げると、表向きの仮面は脱ぎ捨てて目の奥は笑っていなかった。素顔の方がよほど能面のようで得体がしれないと怜一は思う。 「仕事が出来て気遣いも申し分なくて、それなのに他人には気を遣わせない。そうそう、今度個人的に飲みに行く約束もしたんですよ」 「へえ、よかったじゃないですか」  平静を装いパソコンに目を戻す。 「顔もいいし・・おまけに体もいいと思いません?抱きしめられたら、骨抜きになりそう」 「白川先生、朝比奈さんのことはそれ以上俺には教えて頂かなくても??」  苛立ちを隠さずに言うと、白川はとても愉快そうに目を細めた。赤い唇が醜く歪む。 「あれ、おかしいな。僕、朝比奈くんのことだって一言も言ってませんよ?」 「なっ・・」  してやられた。小さく舌打ちをする。 「へえ、っていうことは、佐々先生も朝比奈くんのことをそういうふうに思っているってことですよね。気が合って嬉しいです」  全然嬉しそうでもなくそう言う。息を吸うように嘘をついて人を翻弄する、そういう人間だ。 「彼、先生のDomですか?いいなあ、そうだ今度三人で会いませんか?」 「違います。私抜きでご自由にどうぞ」 「そうですか、残念ですね。じゃあまた明日」  そう言ってドアに手をかけ、金太郎飴のような作り付けの笑顔でひらひらと手を振った。  白川和泉は、医大の時からの同期だった。成績はいつも怜一が首席で白川が次席。なんの因果か、ゼミの専攻も一緒で卒業後も同じ内科の医局に入局した。  そして、怜一以外の唯一のSubだった。怜一が反骨精神と努力でSub性の困難を跳ね飛ばすタイプだとしたら、一方の白川は受け入れて利用するしたたかなタイプだった。  Subであることを最大限利用してDomの教授におもねり取り入り、随分優遇してもらっていたらしい。怜一は決して真似しようとは思わなかったが、それも一つの生存戦略かと感心していた。
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