縛り、縛られ、囚われて~DomとSubの幸せな依存〜

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 伊吹は鼻に皺を寄せてむっとした顔をした。 「なんでそんなこと先生に聞かれないといけないんだよ。俺のことなんだと思ってんの」  吐き出された声は、今まで聞いたことの無いほど低くてざらついていた。苛立ちを隠さない荒々しいグレアがぐさりと怜一の胸を刺す。 「そんなやわな覚悟で何度もプレイしてない」  優しさのコーティングの無い濾過されないままの生の言葉を始めて聞いた。  覚悟ってどういうことだ。ただの利害の一致ではなかったのか。  その場から動けずに立ち尽くす怜一に気付いたらしく、すぐに威圧感からは解放される。 「ごめん、病棟からコール入ったから」   伊吹のPHSに着信が入って話はうやむやになり、消化不良の気持ちを抱えて医局に戻る。異変に気付いたのは、デスクの引き出しからピルケースを取り出そうとした時だった。 「あれ?」  引き出しの中に種類別に収納しているぺンやクリップなど細かな文具を乱暴にひっかき回して目あてのものを探す。 「ない、なんで」  昼休みに最後に開けた時には間違いなくここに入っていたはずなのに。一体なぜ??。  今日一日の出来事をなぞり、ふとある可能性に気が付く。 「くそ、こけにしやがって」  どうしてそういうことをするのかは分からないけれど、一度面と向かって話さなければならない。  普段は使わない汚い言葉でののしりながら、今度は怒りに任せてポストイットに殴り書きをした。   「用事ってなんです?」 「身に覚えがないとは言わせませんよ。私のものを返して下さい、白川先生」  日勤の業務をきっちり終えてから当直室に押し掛けた。今夜の当直は白川だ。  ブラインドの外は夕暮れ時の橙色と群青色のコントラストが濃くなり、時間がたつほどに徐々に青が占める割合が増えていく。  白川はふんと鼻で笑ったあと、自分のポケットからあっさりと怜一が探していたものを取り出した。  抑制剤のピルケースと、赤いリボン。 「なんでこんなものを後生大事とっているんですか?僕はそれが不思議で先生に聞いてみたかったんです」 「他人のデスクを漁ってまで聞く必要はないでしょう」  奪い取ろうとすると、ひょいと遠ざけられた。睨みつけても、口元で笑ったふりをしている。 「不思議ですよね、最低限の物しか入ってないつまんない引き出しに、なんでこんなものが入ってたのか。普通捨てちゃいますよね」  指でつまんだリボンを、魚を騙す疑似餌のようの目の前でゆらゆらと揺らす。 「朝比奈くんと、さしずめクレイムのごっこ遊びでもしてました?」 「だったらなんだって言うんですか」  白川は顔に満面の笑みを浮かべた。 「いや、かわいいなあと思って。でも??」  きっと、はた目にはただ整った顔立ちの笑顔にしか見えないだろう。しかし、怜一はその笑顔を向けられたとたん、背筋に悪寒が走り肌が怖気立つ。本能が得体のしれない危険を察知し、頭の中で警告音が鳴り響く。 「例え遊びでも、僕以外とのクレイムは許さない。お仕置きしないといけませんね」 「・・え?」 「『おすわり』」  言われたことを理解する前に、床に膝をついていた。すっかり馴染んだ-伊吹のものとは違う、無理矢理意志を挫こうととする悪意のあるグレアに全身を締め付けられる。 「・・白川?でも、Subなのに、そんな・・」  困惑を隠せない怜一を見て、白川はケタケタと壊れたおもちゃのような高笑いをした。 「僕がSubなのは本当です。でも半分だけ」
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