縛り、縛られ、囚われて~DomとSubの幸せな依存〜

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 顎を掴まれ持ち上げられる。長袖の白衣の下にワイシャツとネクタイをきっちり着こんでいるにも関わらず指先はひどく冷たくて、触れた場所から冷気が伝い凍り付きそうだ。 「・・は、何を馬鹿なことを言って・・」 「『黙れ』。反抗されるのは嫌いじゃないけれど、少し黙って下さいね。そう、その目がいいんですよ。佐々先生の、誰にも媚びない意志の強い視線が。ぞくぞくして、本当たまらない」  指が下に降りてきて、襟ぐりの開いた服を着た首筋をなぞる。グレアと指の動きが見えない鎖になり、呼吸を邪魔されて胸を喘がせる。 「先生は猛禽類みたいに綺麗ですね。誇り高くて獰猛で、人には手が届かない場所を飛んでいる。だから、引きずり落したくなる」  瞬きを忘れたように目を見開き舌なめずりをして、禍々しいほどの欲で濡れた瞳が視線で怜一をいたぶった。 「ここのスタッフは佐々先生のことをDomだと思っているようですよ。本当はSubだと知ったらどうなりますかね?大学病院にいた頃のこと覚えてます?懐かしいなあ」  抑制剤を飲んでいないせいで、むやみやたらびぶつけられるグレアに自我を持っていかれそうだ。今にも床にぶつかりそうな頭を首の血からだけで持ち上げると、再び地面から伸びた重力に引き寄せられた。目の前に白川のサンダル履きの足が見える。 「なんか言いたそうですね?いいでしょう、『話せ』。ああでも、『這いつくばれ』」 「・・引きずりおろせるもんなら、やってみろ」  リノリウムの床に手を付きながら言った。喉の締め付けのせいでかすれ声しか出ないが、それでも言わずにはいられない。 「ん?なんて言いました?」 「・・好きにすればいい。俺がSubだってバラしたければバラせばいいし、無理矢理服従させたいならそうすればいい」  床に這ったまま顔だけ持ち上げる。 「でも、俺は誰にも屈しない。引きずり落されるつもりもない。自分が心に決めた人に、俺は俺の意志でひれ伏す。だから好きにすればいい」  気持ちまでひれ伏してなるものか。  見上げた白川の顔は一時停止をした動画のように固まったあと、ぐにゃりと歪み、 「っ馬鹿にするな!いつもいつも高いところから涼しい顔で人を見下しやがって!もういい、『晒せ』『仰向けになれ』『舐めろ』」  怒りのままにグレアを放った白川は、めちゃくちゃなコマンドを連発する。  まずいと思った。金属音のような耳鳴りが鳴り響き視界が霞む。首を絞められたように息が出来ず、思考が恐怖一色に塗り替えられる。  ドロップする予兆に身を強張らせた時。 「『入れ替われ』」  視界の端に白いシューズが映り込む。毅然とした声が怜一を絶望に引きずりこもうとする悪意を吹き飛ばし、体が嘘みたいに軽くなった。 「あっ・・!」  今度は白川が床に崩れ落ちる番だった。 「先生、先生、大丈夫?戻っておいで、ドロップしちゃだめだ」  布越しにでも分かる背をさする手の熱と、労働のあとの汗と消毒液の匂い。しなやかな腕が怜一の体を抱き起す。 「・・朝比奈」 「良かった、間に合って」  そう言うと伊吹は深くため息をついた。乱れた前髪と呼吸の荒さで本当に心配してくれたことが分かり、怜一は喉の奥で声を出さずに笑った。惜しみなく与えられる労りと慈しみがあまりに心地よくて、喉を鳴らしてすり寄りそうになる。我ながら現金なものだ、さっきまでドロップしかけていたというのに。 「・・なんで気付いちゃったかなあ」
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