縛り、縛られ、囚われて~DomとSubの幸せな依存〜

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 目の前にぺたんと座り込んだ白川が憎々し気に呟く。前髪の間からは悪意と嫉妬が入り混じった白川の負の感情が、触手のようになおも怜一に絡みつこうと伸びてくるが、伊吹が睨むとあっさりと霧散した。 「最初から気付いてたよ、白川先生がSwitchだってこと」  Switch。SubでもありDomでもあり、そしてそのどちらでもないマイノリティ。自分の意志やDomからのコマンドで入れ替わり、今の白川は伊吹によってSubからDomに切り替わっている。 「佐々先生のことが欲しいんだってこともすぐに分かった。だっていつも俺と同じほう見てるんだもん」  低い声は怒り内包し、背に添えられた手が細かく震えているのが伝わってくる。 「だから仲良くするふりをして探ったんだ。前の病院、他の科のドクターとかスタッフにまで手を出して、さすがに容認出来ないからって辞めさせられたんだって?佐々先生と同じ病院にいたって聞いて、看護学校の同期の伝手をたどってだいたいの話は聞かせてもらえたけど、随分えげつないことしたんだね」  いつの間にそんなことを。腕の中から見上げると伊吹は「ごめんね勝手に」と謝った。 「何でこんなことをしたかなんて分からないし分かりたくもないけど。おおかた佐々先生のことが眩しくて羨ましくなったんだろ?だから支配して自分の方が優れてるって思いこもうとしたんじゃないの?」  伊吹を取り巻く威圧感が炎のように大きく燃え上がったのが怜一にも分かった。白川は小さく悲鳴を上げると両腕で自分の体を抱きしめて床で丸くなる。じりじりと肌を炙るような敵意を真っ向から向けられてひとたまりもないに違いない。 「『動くな』。力でねじ伏せたって相手が手に入るわけじゃないし貶めることも出来ない。空しいだけだ。そんなのSwitchのあんたが一番分かってるだろ」  白川の体が細かく痙攣した。目は虚ろで肩を上下させ浅い呼吸を繰り返している。 「・・朝比奈、これ、たぶんドロップしてる」 「佐々先生もちょっと黙ってて。どうかすると先生まで傷つけちゃうかもしれない」  怜一の肌にもぴりっと弱い電流が走る。視線だけで焼き殺して仕舞えそうなほどの怒りを身の内で燃え滾らせている伊吹は、おそらくディフェンスを起こしている。  ディフェンスとは、自分のパートナーに危害を加えられた時Domの強すぎる庇護欲が暴走してグレアを抑えられなくなり、周囲に対して過剰に暴力的になることを指す。伊吹はまさに今その状態で完全に冷静さを失っていた。  肩に額を押し当て体重を預け、スクラブの裾を控えめに引っ張る。 「俺はもう大丈夫だから」 「でも・・!先生に何度もひどいことして、今もドロップする寸前だったのに」 「あとで君がアフターケアしてくれ」  目を合わせるのが急に気恥ずかしくなり、胸元を見て呟いた。 「朝比奈がいい。プレイをするのも、アフターケアも、全部君じゃないと嫌だ」  視線の先でごくりと喉仏が動き、グレアの矛先がゆっくりとこっちに向く。自分の中にある受け皿を全部差し出して、一滴残さずこぼさないように受け止めた。 「Domなんてみんな同じだった。みんな嫌いで、仕方なくプレイをして、そうしないとまともな生活も送れない自分も嫌だったけれど」  覚悟を決めて顔を上げる。ドロップの危機はすでに過ぎ去っているのに動悸が激しくなり、頭の中をどくどくと血が巡る音がした。
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