縛り、縛られ、囚われて~DomとSubの幸せな依存〜

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 怜一は伊吹に胡乱な目を向けた。それを自分が言うと嫌味になることに、気付いていないのだろうか。  怜一は自分が比較的整った顔立ちをしていることは自覚しているが、不愛想なため冷たい印象も持たれがちだし、線が細く中性的な雰囲気のせいで舐められることも多い。  それに比べ、目鼻立ちがはっきりした伊吹の顔立ちは男性的で(他の看護師が俳優の誰かにちょっとだけ似ていると噂をしていた)いわゆる正統派のイケメンだと思うし、人懐っこい笑顔やにじみ出る陽のオーラに惹きつけられる人間も多いだろう。  身長は一七五センチの怜一と大差はないが、シンプルなネイビーのスクラブを着ていると、筋肉質で均整の取れた体躯をしていることがよく分かる。 「無用な気遣いです、失礼します」 「待って、先生電車通勤でしょ?俺車だから、送るよ。まだ雨止みそうにないし」 「いや、結構」  折り畳み傘を広げていると、隣からさっと大きな傘が傾けられ視界に影が出来る。それを払いのけて、視界一面に斜線を引いたようなどしゃぶりの中に飛び出した。 「え、ちょっと待って」  頭痛はさらに悪化しつつあり、それどころかめまいの予兆もあった。他人にどう思われても構わないが、他人の目の前で醜態を晒すのはプライドが許さない。 「お願いだから、ちょっと待てってば!」  伊吹の声は、空気の層を遮断するような雨音を貫いてまっすぐに怜一の耳に届き、足を止めた。と言うより、無理矢理止められた。まるで背中に括りつけられた紐を強い力で引っ張られたみたいに。急に立ち止まった反動で折り畳み傘を取り落とし、足元どころか全身ずぶ濡れになる。 「・・先生?」 「あ、いや・・なんでもない」  背後で明らかに伊吹が困惑しているのは分かったが、怜一は足が地面から生えているかのように、前に進むことも出来なければ、振り返ることも傘を拾うことも出来ない。 「えっと、立ち止まってくれてありがとう?」  伊吹が、戸惑いながら怜一に傘を差し出した時、冷えて凝り固まった体にもう一度熱が灯ったような気がした。収縮していた血管が急速に拡張して全身を血流が巡り、頭痛とめまいもわずかに和らぐ。 「先生ずぶ濡れじゃん。急にどうしたの」  さっきまでは会話を邪魔するほど激しかった雨音が、急にミュートボタンを押したみたいに今は全然聞こえない。  くそ、こんなはずじゃなかったのに。 「気にしないでくれ、驚かせて悪かった」  軋んだ音がする体を無理矢理動かして傘をひったくると、その場から逃げ出した。これ以上に無いぐらいずぶ濡れだというのに、もっともっと惨めに濡れてしまいたいとさえ思って、傘を畳んだ。  一度帰宅して濡れネズミから脱却した怜一は、繁華街の片隅にあるビルの看板も何もないドアを迷いなくくぐった。  治まったはずの頭痛がぶり返して金属音のような耳鳴りがしていても、わざわざ外出してここに来なければいけない事情があった。 「いらっしゃいませ」  こじんまりとしたバーはいつも賑わっていて、怜一が足を踏み入れると、先客たちの値踏みするような視線が一気に集まる。バーテンダーから受け取ったリストバンドを手首に巻くこの瞬間、いつも体の内面から湧き出た屈辱でプライドが焦げ付く。  この世の中には、男女の性別以外にもダイナミクスと呼ばれる第二の性がある。
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