縛り、縛られ、囚われて~DomとSubの幸せな依存〜

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 人口の六割以上はダイナミクスを持たないNormalだが、残りの四割がダイナミクスを持ち、征服欲が強く相手を支配することで満たされるDom、支配され服従することで満たされるSub、そして極少数ではあるが両方の特性を併せ持つSwitchの三つに分類される。  Domのグレアと呼ばれる威圧感のあるオーラや目力と、コマンドと呼ばれる命令に、Subは(時にはNormalすらも)抗うことが出来ず、両者の間でグレアやコマンドを用いた特殊なコミュニケーション=プレイを行うことで初めてお互いの欲を満たすことが出来る。  Domの支配欲やSubの服従欲は食欲や睡眠欲と言ったいわば生理的欲求と同じで、自制が出来るようなものではなく、放置すれば心身に異常をきたす。ダイナミクスの特性を緩和する抑制剤もあるにはあるが、それだけでは不十分で、定期的にプレイを行 い欲求をコントロールする必要がある。決まったパートナーがいればいいのだが、そうでなければ、マッチングアプリや専門の店で見つけた相手とプレイをするほかない。  ここは、そのような事情を抱えるDomとSubが集うバーだ。狭い店内では、相手を探している者、出会った相手とさっそく簡単なプレイを行っている者、それぞれが自分の欲求を満たすことに必死で、そして自分もその一人であることに辟易する。 「あれー、佐々先生だ。さっきぶりですね」  知り合いなどいないはずの場所で、呼ばれるはずのない敬称で呼ばれ、反射的にDomとSubを区別するリストバンドを外す。 「先生ずぶ濡れだったけど、大丈夫だった?」  なんでこんな場所で会うのか、舌打ちしたい気分だ。後ろに立っていたのは、さっき別れたはずの伊吹だった 「隣いいですか?」  そう尋ねながらも、怜一が返事をする前に隣のスツールに腰をおろす。 「俺はいいと言ったつもりはないが」 「いいじゃないですか。ここで先生と会うと思ってなかったから驚いたなー。それに白衣じゃないのも新鮮」  俺も同じのにしようかなとメニューを見ずにオーダーする。どうやら何を言っても席を動くつもりはないらしい。 「さっきの子達のDomっぽいって勘もあながち間違いじゃなかったってことだよね」  横目でちらりと盗み見た伊吹のリストバンドは青色。Domの証だ。 「俺とここで会ったこと、誰かに言うのか」 「言わないよ。俺だって別に隠してはないけれど、大っぴらにもしてないし」  出された酒を口にしながら苦笑する。 「何かと生きにくい特性だよね」 「本当にそう思っているのか。一時の相手ぐらい、君ならいくらでも見つかるだろ」 「それって褒められてる?それとも軽いってディスられてる?」 「どう受け取ってもらっても構わない」  冷たくあしらうと、伊吹は肩を竦めた。 「俺はさ、本当は一時の相手じゃなくて、パートナーが欲しい」  伊吹が言っているのはクレイムのことだろう。クレイムとは、DomとSubの間でのみ成立する結婚と同等の契約関係だ。  指輪のかわりにDomからSubへカラーと呼ばれる首輪を送ることでクレイムは成立し、別の相手とはプレイが出来なくなる。  しかし、プレイの相性と恋愛感情がイコールとは限らない。そのため、パートナーと恋人を別に持つ人も、怜一や伊吹のように特定の相手を持たない人も少なくはない。 「俺も特定の相手はいないよ。先生と一緒」 「俺の何を知っている」  そう言い捨てて、残ったグラスの中身を一気にあおり、脱いだばかりの上着を羽織る。
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