縛り、縛られ、囚われて~DomとSubの幸せな依存〜

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 伊吹が「なんとなく」気付いていたことに、怜一は気付けなかったという事実。師長からの苦言。それは医師失格の烙印も同じだった。  ひどい気分のまま、しかし職務を放り出すほど落ちぶれるつもりもなく、一日がむしゃらに働いた。幸か不幸か今夜は当直で、しかも怜一の心情とリンクしたかのようにどこの病棟も大荒れで、ひっきりなしに呼出されて落ち込む暇もないのが救いだった。  ようやくひと段落ついた午前三時。鎮痛剤を飲んでも収まらない頭痛にこめかみを抑えつつ最新の医学雑誌に目を通していると、当直室のドアがノックされた。業務連絡なら電話が入るはずだろう。無視を決めこんでいると、勝手にドアが開いた。 「やっぱ寝てなかった。先生今日すごく忙しかったでしょ、ちゃんと仮眠取った?」  ドアの隙間から顔を出したのは伊吹だった。あっけにとられる怜一の前をすり抜けて、仮眠用ベッドに勢いよく腰かける。 「夜勤中に病棟を抜け出していいんですか」  眉間に皺をさらに深くし、ため息をつく。 「今やっと落ち着いたから、俺もちょっとだけ休憩」 「じゃあ戻って仮眠をとって下さい」 「また敬語に戻ってる。ねえ、俺の前ではもっと普通にしゃべってくれないかな」 「何をしに来たんですか」 「んー?俺が来たかったから。いや、来た方がいいと思ったから、かなあ」  無邪気にこてんと首を傾げる様子にイライラが増し、いつも以上に口調がきつくなる。 「馬鹿にしにきたのか。知ってるんだろう、今日のこと」  患者の死も今朝の病棟での出来事も当然伊吹は知っているはずで、怜一のことを責めに来たのか揶揄しに来たのだろうと思った。 「偉そうに指示を出すくせに、看護師が気付いた異変に気付くことも出来ない。患者にも家族にも信頼されない、半人前だと思ってるんだろう。馬鹿にしたければすればいい」  それはそのまま、怜一が思っていることで、口に出した言葉はすべて、無機質な白い壁に当たって自分自身に跳ね返り突き刺さる。 「俺、別に先生を揶揄ったり傷つけたりするために来たわけじゃないよ」 「用がないなら出て行ってくれ、君と話をする理由は私にはない」 「先生聞いてってば」 「君が出て行かないなら、私が出ていく」  雑誌をデスクに投げ出し、伊吹に背を向ける。ドアノブに手をかけて一歩廊下に踏み出す寸前、突然体が動かなくなった。 「く・・っ。あ、れ?」  まるで、怜一にかかる重力だけがニュートンの法則から外れて何倍にも大きくなったかのように、体が重く感じる。 「『おすわり』」 膝から崩れ落ちて、ぺたんと床に座り込む。  たった一言。その一言が怜一を支配する。 それは、Subを支配するためのDomのコマンドだから。怜一の体にのしかかり自由を奪う重圧は、伊吹が発したグレアだ。  ゆっくりと背後で立ち上がったのが気配で分かり、何とか頭を持ち上げて振り返る。   ハッとした。いつもの陰りも曇りもない陽気な笑顔がそこにはなかったから。穏やかな笑顔を浮かべてはいるけれど、冷徹な光を目の奥に忍ばせ支配欲をにじませている。 「『いい子』。良く出来ました」  頭を撫でられる。コマンドに正しく従った時に与えられるいわゆるご褒美、リワードだ。 「やっぱり、Subだったんだね」 「・・・いつから気付いていた」 「『這いつくばれ』」  すぐさま床に手をついて、ひれ伏す。 「先生が来てすぐの頃から、もしかしてそうなのかもって、なんとなく気付いてた。確信したのは、昨日だけど」
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