縛り、縛られ、囚われて~DomとSubの幸せな依存〜

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 今までSubであることを隠し続けてきたが、昨日の怜一はプレイ不足のせいでSub性が暴走し、コマンドもグレアもないのに、Domの言葉に過剰に反応してしまった。  伊吹はわざと部屋の隅に移動すると、足元を顎先と視線で示す。 「『おいで』」  持てる力を振り絞って抵抗しようとするが、叶わなかった。意志や感情は飢えた本能の前では無力で、一瞬の逡巡もなく這いつくばって、伊吹の足元に移動する。 「・・ふざけるな。勝手にコマンドやグレアを使うのは、ルール違反だ」 「ごめんね。でも、あまりに辛そうで見てらんなかった」  本当に犬にでもするように、上から頭を撫でられた。 「施しのつもりか。どうせ蔑んで優越感に浸ってるんだろう。いつもそうだ、お前たちDomは俺たちSubを踏みにじる。必死に立っていようとしても、たった一言でねじ伏せて、痛めつけて、動けなくする」  理性は悔しさに歯噛みをしているのに、同時に本能が歓喜する。感情と意志がばらける。努力に裏打ちされた自信も実力も本能の前では無力で、毅然として立っていたいのに、体が勝手にひれ伏そうとする。 「俺は踏みにじるつもりはないよ。ただ、楽にしてあげたい」 「必要ない。俺はお前とはプレイしない」 「じゃあどうすんの?いくら抑制剤使ったって、そろそろ限界でしょ。自分じゃどうしようも出来なくて、Domに縋りたくて、だから昨日あそこにいたんでしょ」 「・・違う!縋ってたまるか」  四つ這いのまま、目を閉じて頭を左右に振る。頭の上でくすりと笑う気配がした。 「顔色悪すぎて説得力ないから。最近まともに食事も睡眠もとれてないんじゃない?眉間の皺は、頭痛とめまいがしてるから。いつも以上に不機嫌なのは、情緒不安定さを隠すのに必死で余裕がないから。全部、ダイナミクスが欲求不満の時に起きる症状だ。それに」  たった今まで頭を撫でていた手に顎を掴まれ、無理矢理顔を上げさせられる。 「先生は抵抗するふりをしてるだけで、内心喜んでる。俺には分かんの、Domだから」  視線が交わる。瞳の奥に映り込んだ光は、当直室の蛍光灯よりも仄暗く妖しい。ほとんど抱きしめる寸前まで距離を詰められ、耳元に顔を寄せられる。汗と消毒液の匂い。 「無駄な抵抗はやめてさ、楽になろうよ」  半分吐息で囁く、梅雨の夜そのままの湿度を帯びた声。影を引きずる視線。 「ね?先生」  ひどく甘美な誘惑に思考が麻痺して今すぐにでも手を伸ばしたくなる。 「俺と、プレイしよ?」  欲しい。したい。全部明け渡したい。ひれ伏したい。職場で同僚とプレイをするという非日常と背徳感に恍惚が呼び起される。唇を?みしめて、震える手を目の前の肩に伸ばす。拮抗していた理性と欲望のうち、ついに理性が焼け落ちて、陥落する。 「・・したい」 「『いい子』。よく言えました、えらい」  与えられたご褒美のグレアは、飢えたSub性には刺激が強すぎて床に崩れ落ちる。     抱き留められたのと同時に、目の前のスクラブの胸ポケットからアラーム音が鳴った。 「残念、タイムオーバー。もう戻らないと」  ポケットからスマホを取り出す伊吹は、さっきまでの妖しい翳りも湿りも微塵もなく、いつものようにからりと陽気に笑う。 「続きはまたあとで。夜勤明けに迎えに来るから、それまで『待ってて』」  呆然としたまま頷くと、満足そうに笑う伊吹にもう一度頭を撫でられた。
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