食べちゃいたい

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この世界にはその他大勢の一般人の中に、極稀にケーキと呼ばれる人間とフォークと呼ばれる人間が生まれる。 ケーキとは血肉は勿論、涙や唾液、体液も全てが極上のケーキのように甘く素晴らしい特異な存在であり、フォークには通常の味覚が無くケーキの人間にのみ味覚を感じることができる。 味覚がない分、フォークはケーキに目がなく最終的に捕食行為に及んでしまうことがある為、世間からは予備殺人鬼と呼ばれ差別の対象である。 一般的にケーキは先天性にケーキとして生まれ、フォークと出会うまでは当人も自らがケーキだと知らないままのケースも多く、フォークは後天的に味覚を失い自らがフォークだと自覚し、自らが予備殺人鬼として忌避される存在であることを知ってショックを受ける傾向が強い。 しかし、世にも珍しい先天性フォークである大和は違った。 生まれつき味覚がなく、そしてそれを両親を含めた周囲の人間に完璧に隠し通した。 彼にとって物心がついてから食べるもの飲むものが無味無臭であることが当然のことだったので、生活する上での不都合はなく、自分がフォークであることは小学校の保健体育の授業で知った。 その時大和は、一生周囲に自らがフォークであることを隠し通すことを決意した。 味覚が特殊なだけで予備殺人鬼と差別されるのは真っ平だった。 そして大和の恋人である先天性ケーキである透は自らがケーキであることも、大和がフォークであることも知らない。 大和と透は高校の入学式で噎せ返るような甘い香りに誘われるようにして出会い、そうなるべくして恋人同士になった。 それはまさに運命、必然だった。 放課後。大和はしょっちゅう透の家に入り浸った。 透の母親は眉目秀麗で成績優秀の大和をひと目で気に入り、いつもデパートで買ったケーキやお取り寄せしたクッキーを出してくれたが、それは大和にとってはただ味のしない熱い液体で流し込むカロリーの塊だった。 「いつもお気遣いありがとうございます。こんな美味しいケーキ初めて食べました」 宿題をするふりをしてベッドに横になって抱きしめ合い、大和が透の耳裏を軽くくすぐる。 「透ちゃん、ちゅうしよ?」 「またぁ?大和はほんまにキスすんの好っきゃな。お前とおると唇腫れてまうわ」 「えぇやん。透ちゃんも好きやろ?俺のキス」 「……んッ」 透の唇を啄むと大和の口の中にじゅわっと唾液が広がり、メープルシロップのような甘く芳ばしい香りが広がる。 甘い。 蕩ける。 美味しい。 上唇の縁を舌で撫でるように優しく開かせ、舌先を擦り合わせると、透は恍惚とした表情で色素の薄い不思議な虹彩の瞳を潤ませた。 ぐるるるるっ、と狼が低く唸るような音で大和の腹の虫が盛大に鳴るのを聞いて、透が「大和、腹減っとるん?ケーキ足らんかった?おかんに余りないか聞いたろか?」と尋ねると、大和は「そんなんえぇから」と余裕のない声でそれを制した。 「はぁっ、透ちゃん、かわえぇ。んっ、好き。大好き」 「ん、はぁ……っ、んんっ」 夢中で舌を絡ませ、歯列をなぞり、溢れるシロップのような唾液をすするように喉を鳴らして飲み込む。 「大和、待って」 「待てへん」 大和は目を閉じて柔らかな唇の感触に酔いながら、透の全身から発せられる噎せ返るような甘ったるい香りを肺いっぱいに吸い込み、映画のドラキュラ伯爵のように透の首筋に歯を立てて血を啜りたい衝動にかられる。 「あっ、あかんよ、大和……」 しかし、現実に大和が透を傷つけること絶対にしない。 透の唾液を啜り、時には蝶が花の蜜を吸うように涙を唇で受け止め、汗の匂いや体臭を嗅ぐだけで大和は心も身体も満たされた。 「……透ちゃん、えぇ匂い。大好き」 「嘘やん。汗いっぱいかいたんやから嗅がんといて」 恥じらうように頬を染める透の言葉を遮るように大きく口を開けて貪るように噛み付く。 大和にとって透以外の全ては無味無臭、その他大勢の有象無象だ。 「ほんまやでぇ」 「あぁ、もうっ、嗅ぐのやめてぇや」 「嘘やないよ。俺はもし透ちゃんがケーキやったら頭から食べてしまいたいくらい好きで好きでしゃーないんやから」 「何それ。怖いこと言わんといてや」 「だってほんまやもん」 「アホなこと言うて。俺がケーキで大和がフォークやったら俺なんてとっくの昔に食べられとるわ」 そう言った透の瞳には一片の曇りもなく、大和は自分がフォークであることを一切疑おうとしない無邪気なまでの信頼にぶるるっと身震いするほど興奮した。 「……さて、それはどうやろなぁ~?」 大和は悪戯っぽく笑ってそう言うと、壊れ物でも扱うように透をそっと透の制服のボタンに手をかけた。
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