風のまにまに ~小国の姫は専属近衛にお熱です~

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思いの丈  事態は好転しているのか、それとも悪化しているのか、グランティーヌとデュラは城に一泊することを勧められ、部屋を用意されたのだった。  もちろん、別々であるが。 「眠れん」  グランティーヌはベッドから飛び起き、部屋の中をうろうろしていた。本当はデュラの部屋を訪ね、この縁談の真相についての考察を語り合いたいところなのだが、夜中にレディが男子の部屋に押しかけるわけにもいかないと思い直し、おとなしく部屋で休んでいるのだ。 「デュラがこちらへ来ればよいのじゃ。夜這いとは普通男がするものであろうに」  わけのわからない理屈を述べる。 「退屈じゃのぅ」  とはいえ、台所に忍び込み、コッソリつまみ食いを、という真似も出来ない。グランティーヌは再びベッドに横になると、目を閉じてみた。 「……やはり眠くなどないわ」  コンコン 「……?」  こんな時間に、ノック。 「もしや…、」  デュラだ。夜這いだ。来るべく日がついに来たのだ! とばかりにグランティーヌは扉に駆け寄り、力いっぱい開いた。 ***** 「まぁ、飲みなさい」 「はぁ、」  その頃デュラはガチガチに畏まっていた。  それもそのはず、目の前でグラスを傾けているのは誰でもない、カナチス国王、ハイル・ザムエその人なのだから。  時刻はもう宵闇を迎え、城の一室を借り休んでいたデュラに突然のお呼びが掛かったのだ。そしていきなりグラスを渡され、「まあ一杯」と言われたのである。 「君は本当にグランティーヌのことを好いているのかね?」  直球である。それは『国が欲しいだけなのだろう?』という響きが含まれている質問だと、すぐに理解する。が、デュラは動揺一つせず、答えた。 「私には国を動かす力などありません。そんな大それたこと、考えたこともありません。ただ、自分の気持ちに正直に生きているだけです」  肯定でも、否定でもない答えだ。正直に答えるわけにもいかず、かといって真っ向から嘘をつくことも出来ないための苦肉の策である。咄嗟にしてはうまく答えたつもりだ。 「そうか……、」  わかっているのかいないのか、酔いどれた目でデュラを見ながらハイルは頷いた。  手の中でグラスを弄びながら、所在無さ気にデュラは俯いた。  ちっとも減っていない果実酒。一向に飲む気配のないデュラ。キラリ、とハイルの目が光る。 「……なんだ、ちっとも減っていないではないか」 (仕方ないなぁ……)  勤務中……ではないのだし、とデュラはグラスを煽った。ほのかに甘い、果実酒の香りが鼻をくすぐる。 「……何だ、飲めるのか」  ハイルがチッ、と舌打ちをした。 「こう見えて私、酒豪なんです」  空になったグラスを指し、デュラ。 「毒が入っていたかもしれんぞ?」  ニヤリと笑う。 「まさか。私を殺す気なら、陛下が直接手を下す必要などありません。ですよね?」 「……なんだ。つまらんな」  ハイルがむくれる。こちらはそう酒飲みではないらしく、赤ら顔にくっついた目は今にもとろけて落ちそうだった。 「……信じられませんか? グランティーヌ様と私の関係が」 「ああ、信じてないよ。少なくとも君はあのおませな姫君に恋などしていない。だろ?」  ズバリ指摘される。墓穴を掘ることになりそうなので、あえて言い訳はしなかった。 「知りたいかね? この縁談の秘密を」 「そりゃあ……まぁ、」  デュラは口を濁した。自分とは縁遠い世界の話である。が、興味がないといえば嘘だ。ただ、ハイルの話が真実とは限らないし、真実だったとしても、それを知ったところでデュラはどうしていいのかわからないのだが。 「私はね、デュラ、グランティーヌの母親が……サナが好きだったんだよ」 「…はぁ?」  いきなり突拍子もないことを言われ、思わず変な声が出る。  トポトポトポ、  空になったグラスに並々と果実酒が注がれた。そしてハイルは自分のグラスにも同じように注いだ。 「まぁいい。聞け。……サナは、それは美しくてな、優しく、頭もよく、皆の憧れだった」  デュラがフラテスに来た七年前には、既にサナは亡くなっていた。肖像画で顔を見たことはあるが、ほとんど何も知らない。それでも、今ハイルが口にしたこと全てが納得できた。サナは慈愛に満ちた、優しくて美しい、フラテスの宝だったのだ。誰しもが、口を揃えてそう言うのだから。 「私はサナを愛していた。だが、彼女が選んだのは私ではなく、ジーアだった」 「競い合っていたのですか?」 「そう言うと聞こえはいいがね、私に勝ち目など、はじめからなかったんだ」  フッ、とハイルは寂しそうに笑う。 「彼女は私の気持ちを知っていた。だから気を遣ったのかもしれない。私に息子が出来たとき、彼女が言ったんだ。『これで私に娘が生まれたら、婚約させましょう』とね」 「ええっ? では、」 「そう。この縁談はサナの遺言だよ。もちろん、それだけではないがね」  ふぅ、と大きく息を吐く。デュラは何も言わず黙々とグラスに入った果実酒を飲んでいた。愛とか恋とか、そういうものとは縁遠い生活だ。誰かを好きになる、ということがどんなものなのか、デュラにはイマイチわからないのだ。その分野に関しては全く発展途上のデュラである。 「この縁談は今後の我が国の運命を左右することになるであろう、大切なものだ。それはわかるだろう?」  カナチスとフラテスがひとつの国になる可能性があるのだ。確かに、ハイルにとってこの縁談はなんとしてでも進めたいだろう。しかし、ジーアは? 「ジーア様はなんと?」  ジーアは面白おかしく自分の娘を賭けの道具にするような男ではない。何かあるのだ。 「あの男は乗り気ではないさ。……そうそう、何か変なことを言っていた。『お前は何が大切かわかっていない』とかなんとか」  ではどうして縁談を進める気になったのだ? ジーアの思惑とは一体何なのか? 考えても考えてもデュラには全く思いつかないのだ。 「息子のどちらかがグランティーヌの心を掴みさえすれば私の計画はうまく行く。サナの遺言も守れるし、国も手に入る。いい話だろう? それには君の存在は少々厄介だ、デュラ」  ハイルがドスをきかせた声を出し、デュラを睨みつけた。脅しているつもりなのだ。が、デュラは明後日の方を向いたままだ。 「聞いているのかっ?」 「へっ? ああ、はい……」  それは間の抜けた、緊張感のない声だった。ハイルがムッとする。 「すみません、そろそろ部屋に戻ります」 「なっ、」  これからが本題なのだ。脅しをかけて早々にグランティーヌから引き剥がそうという大切なときに平然と部屋に戻りたいとはっ。 「失礼します。ご馳走様でした」  たちあがり、スタスタと歩き出す。軽く三、四杯飲んでいるにもかかわらず、足取りはしっかりしていた。 「待て!」  慌てて、ハイル。と、立ち上がった勢いでそのまま床に尻餅を着いてしまう。こちらは随分アルコールが回っているらしい。 「陛下、ご心配はごもっともですが、私とグランティーヌ様が結ばれることなど、常識で考えればあるはずがないことくらいお分かりでしょう? 大丈夫ですよ」  さらっと笑顔まで浮かべ、出ていってしまった。 「あの男……」  残されたハイルは、苦い顔で閉まる扉を睨み付けていたのである。
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