風のまにまに ~小国の姫は専属近衛にお熱です~

12/15
前へ
/15ページ
次へ
行き違い (おかしい。どういうことなんだ?)  暗い廊下を進みながら、デュラはもう一度頭から今回の縁談話を思い返してみた。  ジーアは、グランティーヌが縁談話を立ち聞きしていたことを知っている。いや、わざと聞かせていた節さえある。カナチスに足を向けさせるための策略だった。双子たちに会わせて、どうするつもりだったのか? そもそもこの縁談自体が、ジーアにとって何のメリットが? 「……わからん」  不自然な点が多すぎて、全くわからなかった。明日になればこの地を出発し、フラテスへ帰る。それでいいのだろうか?  カチャ、  近くで扉が開いた。ふと、目をやると寝巻き姿の女性が一人、ふらりと部屋から出てきた。そしてデュラの姿を見るや、おいでおいでをし始めたのだ。 「私ですか?」  思わず聞き返す、デュラ。女性がこくりと頷く。が、時間も時間である。女性の部屋に入り込むのは常識外れだ。デュラはとりあえずその女性に近づき、訊ねた。 「どうかなさいましたか?」  女性は何も言わず、ただ黙って妖艶な笑みを浮かべている。そしてデュラの手を取ると、強引に中へ入れようとするのだ。 「え? ちょっと、」 (もしかして誘われてるのか? 俺は)  抗いながら、ぼんやりとそんなことを考える。さすがに力で振りほどくことも出来ず、デュラは丁重にお断りすることにした。 「申し訳ありませんが、手をお放しください。お邪魔するわけには参りませんから」  が、女性はひるむことなくデュラの腕を引き、中へ連れ込もうとする。  ……困った。 「あの、」 「入ってください。お話があるのです」  高く、澄んだ声。男なら、ここで入らずにいられるものかっ、という場面ではあるのだが、デュラはあくまでも首を振る。 「駄目ですよ。どうぞお休みください。お話なら明日伺いますから」  子供をあやすかのように優しく、言う。と、女性が突然胸を抑えてその場に座り込んでしまった。 「えっ? あの、大丈夫ですかっ?」  慌てる、デュラ。女性は部屋の方を指差し、小さな声で「薬を、」とだけ言った。  デュラは暗い室内に入り、彼女が指差したベッド近くのテーブルを見遣った。水差しと、その隣には確かに薬が置いてある。 「これですかっ? うわっ」  薬を手に取り振り向いたのだ。そこにはさっきの女性の顔があった。それも、すぐ目の前に、だ。 (騙された!)  デュラは大きくため息をつくと、手にした薬を女性に突き出し、言った。 「悪ふざけはおやめください。心配したじゃないですかっ」 「優しいのね」  女性はデュラの手を取り、頬擦りをした。 「だーっ、もぅっ。駄目ですって」  慌てて手を引き、踵を返す。 「失礼しましたっ」 「待って!」 「待ちませんっ」 「あなたの大切なグランティーヌがどうなってもいいのねっ?」  ピク、  デュラの動きが止まる。 「何ですって?」 「グランティーヌは私が預かってます。彼女の居場所を知りたくはないの?」  一瞬「まさか」と思い、だがすぐに思い直す。あの、グランティーヌがそう簡単に捕まるわけがない。 「あなたは誰です?」 「私? 私はエリーナ・ザムエ」 (……ほぇ?)  思わず体から力が抜けてゆくデュラ。どうしてカナチス王女がグランティーヌを? 「何でグランティーヌ様を? 私をどうしたいのです?」 「一晩、私と共に過ごしてください」 「は?」  一体どういう意味なのだろう? つまり、その、そういう意味なのか? 「あの、それは…、」  しどろもどろになるデュラに、エリーナが凭れ掛かる。 「どういうことか、わかるでしょう?」 (わからんっ)  デュラは少しずつ後ずさりしながら、エリーナから離れようとした。と、突然エリーナが全体重を掛けデュラを押し倒す。 「わわっ」  幸いにも後ろにはベッドがあった。頭を打たずに済んだのはいいが、まるっきり押し倒された状態であり、格好いいものではない。しかもエリーナの顔がものっすごく近くにあるのだ。熱い、吐息。 「言うことをおききなさい」 「ちょっ、すみません、あのっ」  慌てるデュラ。……と。 「ええいっ、やめい、やめーい!」  部屋のどこからか、声。 「グランティーヌ様?」  バン! とタンスが開き、中からグランティーヌが飛び出してくる。 「なんとみっともない! エリーナ殿、早くそこをどきなさい!」  鬼の形相だ。怒っている。しかも相当。 「…どう……して…?」 「睡眠薬入りの飲み物で眠らせてる間に紐でくくっておいたのに、か? 馬鹿者。わらわには睡眠薬など効かぬ。それに縄抜けは得意じゃ。それよりエリーナ殿。一体どういうことなのか説明願うぞ!」 「……くっ」  エリーナは唇を噛み締め、グランティーヌを睨みつけた。そして素早く枕の下に手を伸ばすと、グランティーヌに向かってナイフを振りかざした。 「危ないっ!」  デュラが飛び起き、エリーナに掴みかかる。 「デュラ!」  ポタリ、鮮血が流れ落ちる。デュラがナイフの切っ先を握っていた。その、切れた掌から血が滴り落ち、みるみる床に赤い水溜りが広がる。 「デュラ! デュラっ!」  少しも慌てることなく、デュラはゆっくりエリーナの手からナイフを取り上げた。エリーナは放心状態で、その場に座り込んでいる。デュラはシーツを一枚剥がすと、ビリビリ破き、切れたところを止血した。 「うわぁぁぁぁん」  グランティーヌは大声を張り上げてデュラに抱きつき、泣いた。さすがにデュラも驚いた。こんな風に泣くグランティーヌを見たことがなかったからだ。 「姫、大丈夫ですよ」  目線を合わせ、何とかなだめようとするのだが、一向に泣き止む様子はなかった。 「デュラ、デュラ!」  しがみついて来るグランティーヌの背中をそっと抱きしめる。血が、付かないよう気をつけながら。 「大丈夫です。ちゃんと止血しましたから。もう泣かないでください」 「……ほん…とうか?」  しゃくりあげながら、グランティーヌ。 「当然です。私に何かあったら、誰が姫をお守りするのです?」 「……デュラ、」  グランティーヌが顔を赤らめ、嬉しそうに微笑んだ。そして目を閉じ、顔を近づける。 (……え?)  この光景は、つまり、アレをせがまれている? デュラは一瞬躊躇ったが、なんとなくその場のノリというやつでつい、フラフラっと自分も瞳を閉じる。  成り行き、というやつだ。  魔が差す、というやつだ。  きっと、それだ。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加