第2章

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「お前、ストーカーか?」 「もう音楽は聞かないの?」 「お前が話しかけてきたんだろうが! じゃなくて、人の話聞けよ!」  苛立って声を荒げるが、そんなことはお構いなしに冬月はほんの少しだけ背伸びをして、俺の耳元でささやいた。 「アイドルレンジャーのオープニングでしょ? 五人で歌ってるやつ」  その言葉に心臓が掴まれたかと思うくらい驚いた。 「お前、何で……」 「音、漏れてたから」 「音楽聞いてたの、わかってたんじゃねえか! 早く言えよ!!」  最悪だ……まじで誰も聞いてないよな? 音漏れって言っても歌詞が聞こえるほどじゃないよな? やばい。変な汗かいてきた。 「また明日もここに来るね」 「いや、来なくていいから。どんだけ遠回りしてんだよ」 「でも、音漏れしてても僕が隣にいたら大丈夫でしょ?」 「ん、ああ。まあ、たしかにそうだな……ってなるか! 音量下げたら問題ねえし、お前は一人で学校行け」 「えー、つまんない……」  話しながら歩いていると、なぜか突然視界の隅から冬月が消えた。驚いて下を見ると、何もないところで転んでいた。 「いててて……」 「ねえ、お前足の筋肉どうなってんの?」 「話しながら歩くってことあんまりなくて」 「関係ある?」  運動音痴とか言う問題じゃねえだろ、それ。 「やっぱり歩いてるのが奇跡だったんだな、お前」 「え? 何の話?」  それから冬月は学校に着くまでにさらに二回転んだ。何もないところで。 「保健室行って絆創膏もらってくるね」 「もう足全体に包帯巻いとけよ。じゃあな」  校門を抜けて校舎に向かっていると冬月がそう言ったので、さっさと一人で教室に行こうとしたのに、なぜか制服の裾を引っ張られた。 「一緒に行こ?」 「何でだよ」 「だって保健室の場所知らないもん」 「あ!? もう何なんだよ! まじで!」 「転校生だし……」 「あー、えっとな。あそこの校舎にガッと入って、真っ直ぐ廊下をバーっと進んで、あっち側にあるから」 「それじゃ、わかんないよ。それに仲間が困ってるときは、みんなで助け合うって、アイドルレン……」 「ちょ、お前!」    慌てて冬月の口を塞ぐ。 「せめて小声で言えよ! 周りに聞こえるだろうが!」 「ひっほに、ほへんひつ、ひほ?」 「何喋ってんのか、わかんねーよ」  冬月は制服の裾をさらに強く引っ張った。仕方なく保健室に連れて行くと、かすり傷とはいえ怪我だらけの冬月を見た養護教諭の女が、なぜか俺を疑いの目で見ていた。 「あなたまさか、この子のこと……」 「違えよ! こいつが一人でこけてんだよ!」  まったく迷惑な話だ。 「何かあったらいつでも保健室に来るのよ」  手当を終えた養護教諭は、やけに心配そうに冬月のことを見つめていた。膝のためにもこいつは一人で登校したほうがいいと思う。あ、あと俺のためにも。
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