1.鑑定士のお仕事。

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「誰だ、朝っぱらから騒いでいやがるのは」  ぞっとするほど低音ボイス。  聞くまでもなく、機嫌は最悪。  起こせと言われたから起こしているだけなのに、理不尽なことこの上ない。 「大魔導師様、起床時間ですって」  が、一応世話係として雇われている以上、どれだけ相手が理不尽な上にトリッキーであっても職務を全うしないわけにはいかない。  なぜなら、マーガレットの雇い主はこの国の王太子様だから。  さすがに王族に目をつけられて逃げ切れると思えるほど、マーガレットは楽天家ではない。それに給金も福利厚生も問題ない、ホワイト企業。仕事自体は気に入っている。  問題はこの大魔導師ロキ・アルヴァーノ。 「は? 知るかよ」  俺の眠りを妨げて生きていられると思うなよなんて、ぶつぶつつぶやくロキ。  イケメンの睨みは怖い。  どう見ても大魔王じゃん。もういっそのこと大魔導師返上しろよ! と内心涙目のマーガレット。  無詠唱で即時攻撃大魔法を放てるロキの手に何やらドス黒い球体が浮かぶ。 「鑑定!」  嫌な予感しかしないそれを前にマーガレットがそう叫べば、即座に鑑定結果が表示される。 『毒爆弾(ポイズン・ブレイク)。半径4キロ圏内に毒ガスをばら撒く』 「そんなもの発動させちゃダメーーーー!」  マーガレットは焼きたてパンが入ったカゴの蓋を開け、ロキにそれを見せつける。 「本日の朝食はくるみとレーズンのテーブルロールと熱々のチーズオムレツ。つみたてのリーフレタスとプチトマトのサラダ。コーンスープを添えて。です! 食べないんですか?」  部屋に焼きたてのパンのいい匂いが広がる。それは急速にロキから睡魔を追い出し、意識を覚醒させていく。  ロキの手からドス黒い球体が一瞬で消える。 「……ドレッシング、は?」 「お、やっと人語を喋った。ロキ様の大好きなゴマドレですよ」 「……。」 「え、ヤダ。またフリーズ? おーい」  言葉を発しないロキに仕方なく近づき、そろそろ起きてくれません? と声をかけたマーガレットを捉えるように腕が伸びる。  驚いて目を瞬かせるマーガレットなんてお構いなしで。 「最っ高だ! さすが、マーガレット! 俺の好みをよく分かっている!!」  マーガレットをぎゅっと抱きしめたままロキがそう叫ぶ。どうやら無事目を覚ましたらしい。  おでこがつきそうなほど近距離で国一番の美形が満面の笑みで微笑まれたら、赤面するなという方が無理だ。  よってこれはただの生理現象よ! とマーガレットは心を強く、正気であれと自分に言い聞かせる。 『本日のマーガレットが逃げ切れる確率0%。( ,,ÒωÓ,, )ドヤッ!』  表示の代わりにマーガレットにだけ聞こえる音でそんな鑑定結果が流れる。勿論、ドヤの部分もきっちり読み上げて。 「はぁ、いいなぁ。マーガレットの作る食事は。なぁ、マーガレット。結婚しないか?」  そしたら休日もごはんを作ってもらえる、とさも名案のようにロキはマーガレットに尋ねる。  キラキラした甘いイケメンの笑顔。ロキが城内を闊歩するだけで黄色悲鳴が上がるのも頷ける。  マーガレットだって、観賞用としてならロキを視界に入れるのは悪くはないと思っている。  が、我が身が可愛いので職場外で一緒にいるなど断固拒否だ。高位貴族の令嬢からどんな仕打ちを受けるか分かったモノではない。 「ほんっと、いい加減にしないとセクハラで訴えますよ!」  ロキのプロポーズなど"おはよう"とさして変わらないので今更マーガレットは気にしない。  それよりもせっかくの朝ごはんが冷めてしまうほうが問題だ。  離せ、セクハラ魔と冷たい視線を送ったマーガレットは盛大にため息をついたあと、 「私はただ美味しいごはんが食べたいだけなのに」  ぐっと拳を握りしめ、 「本当、なんでこうなった!!」  と叫んだ。  が、残念ながら助けは来ない。  マーガレットの声が魔術研究所にこだまする。  それはいつも通りの朝の光景としてすでに市民権を得ているのだから。
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