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16話
「お~にゃんこ~~にゃーにゃー」
校舎の隅で、猫がお腹を見せてゴロゴロと転がっていた。その姿があまりに可愛らしくて、愛華は駆け寄ると猫のお腹を優しく撫でた。ぐるぐるぐると猫の喉が鳴る。
春休み目前。すっかり暖かくなり、一気に桜の蕾も膨らんだ。コートもマフラーももう使う日はなさそうだった。
学校の敷地内でよく見掛けられるトラ模様の猫。この辺で飼われているのか、野良の子なのかは分からないが、生徒から絶大な人気を誇っている。
「にゃーん可愛いなぁ~」
愛華が猫にメロメロになっていると、真後ろからこほんとわざとらしい咳払いが聞こえた。
ぎくりとして振り返ると、そこには居たたまれないといった様子の椿がいて、愛華は顔を真っ赤にした。
「み、見てた…よね?」
「うん…ちょっとだけ…」
愛華は更に顔を真っ赤にさせると、さっさと門に向かって歩き出す。その愛華に慌てて声を掛ける椿。
「あ、おい、愛華さん!待ってよ」
椿が横に並ぶのを見て、愛華は少し頬を膨らませて拗ねて見せた。
「椿くん、もっと早くに声掛けてよ」
「いやなんで俺が怒られるんだよ。にゃんにゃん言ってた愛華さん、可愛かったのに」
「かわっ!?」
あれから愛華と椿は、以前と変わらぬ友人関係のままだ。けれどお互いの気持ちを吐露し合ったせいか、以前よりも少し打ち解けたような気がする。
どうやらついに美音と藤宮が付き合い出したらしく、椿は邪魔をしないよう、二人とは少し距離を置いているようだった。
そこに愛華が声を掛け、椿が暇なときに一緒に過ごすようになった。
愛華としては椿の二人に対する心遣いを利用しているようで、少し心苦しくもあったが、愛華は椿といられて嬉しい、椿も一人寂しくならなくていい、ということでこれは神様がくれた有難い時間なのだと言い聞かせることにした。
一度は距離を置こうと考えていた愛華だったが、このような形になって少しほっとしていた。
(私、やっぱり椿くんがいないと駄目かも。振り向いてくれることはなくても、一緒にいられるだけで幸せだ)
「そういえば愛華さんのピアノの発表会いつだっけ?」
「再来週だよ」
レッスンに通っているピアノ教室の発表会である。今回は連弾ではなく、一人での演奏となっている。
「聴きに行ってもいい?」
「え!本当!?」
椿が応援に来てくれたら、愛華はきっと素晴らしい演奏ができるに違いないのだ。
「ぜひ来てほしい!」
「うん、行くよ」
愛華は嬉しくて、自然と笑顔が零れてしまう。そんな愛華の頭を椿が優しく撫でた。
「え?」
驚いて彼を見上げると、何故か椿自身も驚いていた。
「ご、ごめん!なんか、急に頭撫でたくなったつーか…?」
「え、え…?」
「いや、ほんとごめん。女の子に急に触るとか最低だよな。本当にごめん…」
「え、いやいや!私は全然気にしてないから!」
あまりに深々と反省する椿が可笑しくて、愛華は笑ってしまった。
(ていうか椿くんになら、触られたいし…。って何考えてるんだろう私!)
愛華は思い切り頭を振って自分の考えを消し去る。
(私と椿くんはそういう関係じゃない。友人!大切な友人なんだから)
もちろん愛華としては恋人関係を諦めたわけではない。あわよくば、と薄っすら思っていたりする。けれど今は、お互いにとってこの距離が一番心地良いのだと思う。
「ともかく、発表会頑張って!」
「うん!」
(椿くんの応援があれば、どれだけだって頑張れるよ)
水原にも、麗良にも、良きライバルだと思ってもらえるよう愛華は発表会に向けてますます気合を入れる。
暖かくなって、春が来て。
けれど愛華達の春はやって来ない。
好きな人には、別の好きな人がいる。
初恋は叶わない。
しかし春はもう二人の足元までやってきていた。
それに気が付くのは、もう少し先のお話だ。
終わり
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